第36話 実家に帰ります

 やっぱりなんだかんだでそこが気になってたかぁ……。


 どうしよう、なんて答えるのが正解なのだろうか。


「……」


 じいちゃんなら――。



(自分の判断材料が他人になってない!?)



 さっき芽衣めいに言われた言葉が脳裏をよぎってしまった。


 由芽ゆめちゃんが一緒に住むと言ったとき、俺はどう思っていたのだろうか。


 責任感とか、そういう言葉ではなくて……。


「付き合ってないよ」

「本当……?」

「うん、本当だよ」

「でも、仲良さそうだった……」

芽衣めいは大学で一人になりがちだった俺に話しかけてくれたんだ」

「お兄ちゃん、ぼっちだったの……?」

「ぼっち言わないで」


 じいちゃんが具合悪くなってから、どうやったらじいちゃん孝行できるかを考えていた。


 だから、どうにかしてじいちゃんの喜ぶことをしたくて……。


 俺、芽衣めいのこと本当はどう思ってたんだろう。


「私、お兄ちゃんのことお姉ちゃんに取られたくない」


 最初から由芽ゆめちゃんは自分の気持ちを素直に口にしてくれている。


 俺は自分の気持ちを口にしたときがあっただろうか。自分の言葉でこの子になにかを伝えたことがあっただろうか。


 相続とか借金とかではなくて――。


由芽ゆめちゃん……」


 この日、由芽ゆめちゃんが布団から出てくることはなかった。




 



「今日で診療は終わりです。完治おめでとうございます」

「……」


 次の日、病院に行くとお医者さんに左手の完治を言い渡された。


「浮かない顔をしてますけど大丈夫ですか?」

「いえ……」


 俺の様子を見て、お医者さんが訝しがる。


 今日、朝起きたら、由芽ゆめちゃんは朝ごはんだけを作って学校に行ってしまっていた。


 まだ半月程度しか経っていないのに、由芽ゆめちゃんの顔を見ない朝は本当に久しぶりのような気がする。


 とりあえず、手の完治のことは病院が終わったらすぐに由芽ゆめちゃんにメッセージを送っておこう。


(今年は暑くなりそうだなぁ)


 診察室の窓から外を眺める。


 今日は雲一つないとても良い天気だ。


 これから夏がやってくるんだよな。


 夏が来る頃には、由芽ゆめちゃんはうちにいるのかな。


 じいちゃんち、エアコンがないからやばい予感がするんだけど。


「鈴木さん?」

「あっ……」


 しまった。


 診察中なのに考え事をしてしまった。


「すみません。今までありがとうございました」


 先生に心配そうな顔をされながらも最後の診察が終わった。


 俺が病院を出るころには、時間はお昼を回ろうとした。


 左手が治って、由芽ゆめちゃんがうちにいる理由はなくなってしまった。


 これから由芽ゆめちゃんとはどうなるんだろうか。


「だーれだ」


 そんな考え事をしながら道を歩いていたら、ふと後ろから目を両手で隠された。


芳野よしのさん」

「正解」


 ちょっと今のテンションで芳野よしのさんの相手するのつらい!


 格好を見るに、なにやら学校の帰りらしい。


「おっ、手は治ったの?」

「うん、この通り完治」

「おめでとう~、嫁ちゃんとお祝いしないとね」

「嫁ちゃんかぁ……」


 お祝いムードって雰囲気じゃないんだよなぁ。


 今日は芽衣めいはいつくるのだろうか。なんとなく芳野よしのさんとは相性良くない気がするんだけど。


「あれれ? なんか落ち込んでいる雰囲気」

「ちょっと自分が嫌いになりそうで」

「ふーん」

「き、聞いておいてその興味のなさそうな態度……」

「そんなことないよ。嫁ちゃんと喧嘩でもしたの?」

「んー……」

「私、ソータ君が嫁ちゃんと喧嘩していると朝ごはんを食べられないから困る」

「めっちゃくちゃ自分勝手だった」


 こ、こんにゃろう……。

 心配しているのは俺ではなくて朝ごはんのほうだった。


「ソータ君って私と嫁ちゃんの対応が全然違うよね」

「そんなの当たり前じゃん」

「まぁ、別にいいんだけどね~。私と話しているときのほうがで話している気がするだけ」

「……」


 なにも言えなくなってしまった。

 そう言われてしまうとその通りのような気がしてしまう。


「ソータ君、喧嘩はダメだよ」

「どの口が言うんだか」

「私にそう教えてくれたのはソータ君だよ。いつかちゃん家族と話してほしいって言ってたくせに」

「それは……」

「嫁ちゃんは家族でしょ?」

「いや家族では――」


 家族ってなんだろ……あんまりそういうこと考えたことなかった。失うととても悲しいものってことだけはよく分かるけど。


「私、まいまい荘の人はみんな家族説を推したいと思います!」

「まーた変なこと言ってるよ」

「えっ、でも素敵じゃない? まいまいっておばあちゃんの名前なんでしょ? おばあちゃんの名前の付くアパートに家族だと思っている人が住むって」


 く、悔しい……!


 芳野よしのさんのくせに良いこと言ってやがる……! 芳野よしのさんのくせに!


「私、ソータ君も嫁ちゃんも大好きだからねっ」

「思ったことはっきり言ってくれるなぁ」

「だからソータ君も頑張れ!」

「うっさい! 言われなくても頑張るわ!」


 ちょっと元気出た。


 このあっけらかんとした感じは芳野よしのさんしか出せないと思う!


 もう、うじうじ考えてるのやめよう。


 そうだよ、俺ってもっとめんどくさがりだったじゃんか。


「ソータ君、携帯鳴ってるよ」

「あ? 本当だ」


 外歩いているから全然分からなかった。


 芳野よしのさんに指摘されて携帯を見ると、由芽ゆめちゃんからメッセージが届いていた。



“今日は実家に帰ります”



 携帯の画面を開くとそんな文字が飛び込んできた。


 えっ、いきなり!?

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