第16話 初入居申し込み?

 目ん玉が飛び出そうなくらい驚いてしまった。


 しまった、塩対応をしてしまった! まさかのお客様でしたか!


「本気で言ってるの?」

「本気」


 芳野よしのさんが真面目な顔で俺のことを見ている。


「どうしていきなり?」

「住む場所に困っているから」


 困ったなぁ……。

 こうなると、家出した理由を聞かないといけない……。


 この子に深く関わったら、俺は年上の大人としてそれなりの対応をしないといけない。例えば、警察に相談するとか。

 保身もあって格好悪いけど、そういうことしたくないから昨日は深く事情を聞かなかったのに。


 それにお金がないって言っている人が、家賃を定期的に支払えると思えない。

 そもそもこの子はまだ学生だ。


「本気の本気?」

「だから本気だってば! 手続きの方法教えてよ!」


 再度、芳野よしのさんに意向を確認する。


 まぁ、本人がそう言っているなら仕方ないか。

 本当に入居するつもりとは思えないが、申し込みの練習だと思ってやってみよう。


「じゃあ、家の中に入ってください」

「うん」


 俺は芳野よしのさんを家の中に案内することにした。

 






「うわっ、THE 日本住宅」

「誉め言葉として受け取ります」

「さっきと全然態度が違うじゃん」

「お客様だとは思わなかったので」

「そういう二面性は良くないと思いまーす!」

「では、進めますね」

「君ってスルースキル高いね」


 俺は“入居申込書”を一枚、ちゃぶ台の上に出した。


「これを書けばいいの?」

「ですね、これの項目をひと通り埋めてください」

「ふーん」


 この入居申込書は事前にネットでダウンロードしたやつを印刷したものだ。

 インターネットって本当に便利、今はなんでもテンプレートがある。


 入居申し込みの項目はおおまかに分けて、[物件の概要][契約者][入居者][連帯保証人]がある。


 [物件の概要]はアパートの名前とか、家賃とかを記入する欄。


 [契約者]は実際に契約する人の名前を書く欄だ。


 ここのポイントは、実際の契約者と入居者は違うケースがあるということ。


 上京している子供のために、親が契約者になるケースなんて沢山あると思う。

 実際、俺も向こうのアパートではうちの親父が契約名義人になっていた。


 契約者=家賃支払いの義務がある人。


 家賃を支払うためには収入がないとダメ。

 つまり働いている人じゃないとダメだということだ。


 頑張って賃貸住宅のことを勉強したかいがちょっとはあったかな。

 というわけで、この捨てJKが契約者になるのは完全にアウトだ。


「へー、アパートの名前はまいまい荘って言うんだ。可愛いね」

「ありがと。契約者の欄は実際に家賃を支払う人でお願いします」

「あっ、そうなんだ。じゃあこの契約者のところは私の名前ではまずいよね? 親の名前でいい?」

「う、うん……」


 家出しておいて、勝手に親の名前を使おうとしている。


 心証最悪……。


 入居申込書を書いてもらう最大の目的は、その人の素性を知ること。

 今、住んでいる場所、連絡先、家族構成、お勤め先etc


 そういった情報を見て、大家さんが入居希望者をするために使うものだ。

 大家さんがこの人嫌だなって思えば、当然お断りするケースもある。

 そりゃそうだよね、だって自分の物を他人に貸すわけなのだから。


「この連帯保証人のところはどうすればいい?」

「ご記入お願いします。でも、自分では書けないんじゃない?」

「うん」


 そして、肝心の連帯保証人!

 家賃支払いが滞ったときに、一緒に支払い責任を追う人!

 よく言われていることだけどただの保証人と連帯保証人って大違い!


 連帯保証人は支払い責任がある人と完全に同格に扱われる。

 仮に入居している人が家賃を払ってくれないときは、連帯保証人に家賃の請求をしても問題ないわけだ。

 なんなら、法律的には本人よりも先に連帯保証人に請求しても問題ないらしい。


 連帯保証人マジ怖い。それくらい連帯になると責任が重くなっちゃうのだ。


 法学部の俺、勉強頑張った。


 それを個人に頼むのはかなり大変なことなので、今は法人の保証会社さんに委託するケースがほとんどらしい。


 ……俺にそんなツテはないので、まともに保証人をつけてもらうのをお願いするしかないわけだけど。


「じゃあここを書いて持ってくればいいね!」

「あ、あと! 契約者の身分証明書と保険証、連帯保証人はそれプラス印鑑証明書までお願いね!」

「分かった!」


 か、軽ぅ……。

 なんか全般的に言葉がふわふわしているので、本当に真剣に考えているかどうか分からないよ。


「じゃあ、うちに帰って準備してくるから!」

「お、お願いします。ちなみに大家さんの入居審査あるから、書類そろえてもらっても確実に入れるかは分からないよ」

「大家さんって君なんでしょう?」

「うん」

「じゃあ大丈夫っしょ!」

「書類見て判断しますからッ!」


 いやなにが大丈夫なんだよ!

 わけの分からない信頼をしないでほしい!


「へーい、じゃあ早速家に帰って記入してもらってくる」

「う、うん……」


 家出女子高生 芳野よしのみお、あっさり家に帰る。


「それじゃまたねー! あっ、昨日のカレー信じられないくらい美味しかったってあの女の子に言っておいて!」


 本当に書いて戻ってくるのかなぁ……。

 完全にUMAでも見ている気分だよ。

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