第4話 学ぶ理由02


「……よし、これで温室の水やりも室温調節もしばらく大丈夫かな」


薬草を栽培している温室の魔法道具に魔力を込める。


魔石はそれぞれに色が異なり、温室の魔法道具に組み込まれた石はエメラルドの様な緑色をしていた。魔石と呼ばれてはいるが、宝石としての価値もかなりありそうな上質な石である。これ売ったらいくらになるんだろう、とか。たまに考えたりする。


「キッチンの魔石も満タンだし護りの魔石も問題なし、と。……バスルームの方はまだ大丈夫そうだし、こんなものか」


魔石に魔力を込めると魔力が多少なり減り疲れるらしいのだが、魔力の減る感覚というのは正直よくわからない。


転生の際、フェイロンがプレゼントすると言っていた魔力は一般的な魔力量の百倍。祖父に魔力が多いとか少ないとか言われたことは無い。しかし初めて魔石に魔力を込めた時に「疲れてないか」と聞かれ、一瞬なんの事か解らず「なにが?」と答えた。普通は疲れるものらしく、祖父も少し驚いたように目を見開いていた。


その時、自分の魔力量はどうやら本当に多いらしいと自覚したのだ。魔力を測る道具のようなものが存在するのかもしれないが、少なくとも祖父に魔力量を数値で測られたことはない。具体的にどのくらいのものなのかは不明だが、まあどうやら他人よりも多いらしいという事実だけは認識している。


「​────まずは魔力の扱いに慣れることからって言って、魔法はまだ教わってなかったからなぁ」


魔石への魔力の供給と身体強化は厳密には魔法ではない。魔力を単純に魔石に込めたり身体に巡らせるのは"魔力操作"。呪文の詠唱や魔法陣をもって魔力を込め発動するのを"魔法"と呼ぶらしい。


正直なところ、まだ違いがよく理解出来ていない。祖父の遺した魔法に関する本は山ほどあるが、遺品整理がてら先日から読み始めたところだった。魔法の本は屋敷の書庫に溢れるほどあれど、祖父の生前にはまともに読んだことはなかったのだ。というのも、私がこの世界の読み書きを満足に出来るようになったのは最近で、分厚い本を読む段階になかったのである。


前世の言語とはまったく異なる難解な文字の羅列が、読み書きの習得を遅らせた。日本語でも英語でもない、法則も異なる言語。前世からある外国語への苦手意識も相まって、なかなか勉強を頑張れずにいたのだ。


考えてもみてほしい。前世で義務教育を受けて周りと同じように高校へ進学し、必死こいて勉強し大学にも進学。人並みに遊びながらもそこそこ真面目に学んできた結果、それなりに名のある会社に入社した。資格取得を目指しちまちま勉強しながら働き収入を得て、忙しいが平和に暮らしていた。


そんな生活が理不尽に奪われたのである。今まで培ってきたものを無かったことにされて、さあ新しい世界で新しいことを学ぼう。と言われて、はい頑張ります!となるはずがない。やる気なんてあるわけがなかった。


そんな理由で祖父の口から出る話し言葉をきちんと理解するのに四年。基本文字をスラスラ読んで書けるようになるのにはそこから三年もかかった。長文を読むのは未だに頭がこんがらがる。祖父は私に文字の勉強の無理強いはけしてしなかったし、ゆっくり少しづつ学んでいくのを見守ってくれていた。


だから魔法の勉強もゆっくりでいいと考えていたのだろう。実技を先にして、分厚い本の内容は少しづつ。私自身も別に魔法を学んだからと言って魔王を倒しに行くわけでもないし、と魔法を学ぶことに意欲的ではなかったものだから、鈍器の様な重たい本の内容をほんの数ページしか学んでいなかった。


そのほんの数ページに魔力操作と魔法の違いがざっくりと書いてあって、そこが唯一祖父から教えを受けた内容だったのである。


​───そして今、私は自ら魔法を学んでみようと本を開いていた。書庫に足を踏み入れ、祖父が教材にしていた本を前に睨めっこ。細やかな文字の羅列を眺めるだけで、すでに頭が痛くなりそうだった。


「……はぁ」


大きなため息をひとつ吐く。モチベーションの無い勉強ほど捗らないものはない。だって自分は今世でなにがしたいだとか、なにになりたいだとか。そんな志がひとつもなく生きてきたのだ。娯楽は無いが不自由ない生活と、愛情を注いでくれる祖父。なんの目標の無いまま生きていても、食べ物も寝床もあるし、将来についても祖父が良きように導いてくれるだろうと心のどこかで思っていた。要は己の生き方を他人に委ねていたのである。しかし道を示してくれそうだった祖父はもういない。己の考えで生きていかねばならなくなったのだ。


「どうしたらいいかわからないけど、なにもしないよりマシだよね」


私自身に目標はない。だから祖父が生きていれば祖父に教わっていただろう魔法を、ひとまず学んでみることにしたのだ。


祖父は魔力があるから魔法を使っていて、魔力がある孫にも魔法を教えようとしていた。魔法を使えることでこの世界で何ができるのかは具体的には解らない。しかし就職活動に様々な資格があれば損はないように、魔法も使えればきっと損は無い。というか多分使えるにこしたことはない。だってこれだけ生活に関わる魔法道具があるのだ。もしかしたら全て祖父の自作という可能性もゼロではないが、魔法道具が市販のものだとしたらそれを作る人々が何処かにいるはず。そしてその人々は十中八九そのモノ作りを職にしているだろう。つまり魔法を学んでおけば、何かしらの仕事は出来る。仕事が出来ればお金が稼げる。


祖父の遺した財産はあるが、お金は無限にあるものではない。できるだけ蓄えておくに越したことはないし、何より働かずにずっとこの屋敷で引き篭りとは如何なものかと思う。なにより、流石にそんな生き方は亡くなった祖父に申し訳ない。


「ほどほどにがんばろう」


断固たる決意という訳では無いが、とりあえず不自由なく生きていけるように。魔法の勉強をしてみよう。そう小さく意気込んだ。



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