ん? 今笑ったら何でもするって言ったよね? 〜実家から無実の罪で追放された俺。不老の少女に鍛えてもらい、最弱から最強になって色々な人に認められたり惚れられたりしながら異世界を冒険するありふれたお話〜

松岡弓意

光と闇と編

第1話 始まり

 剣を構えた。対面に立つは、兄であるアイン=ローディスである。

 アインがニヤニヤと笑っている。相手が俺なら余裕だと思っているのだろう。昔と完全に立場が逆転してしまった。

 八年前。つまり俺が五歳の時は、俺が兄を見て笑う立場だった。天才なんじゃない。転生者なのだ。

 俺は元地球人なのである。

 最終学歴底辺高校。彼女いない歴年齢。年収二百万の、三十五歳。

 俺のかつてのスペックは、控えめに言ってもゴミである。しかしそれでも、十代の子供には負けない。

 何やかんやで三十五年、一人で生きてきたのだ。

 だが今では――



「はああああああああああっ!」



 兄へと斬りかかる。半ば無駄だと知りながら。この世界、重要なのは筋力ではない。魔力だ。魔力さえ潤沢なら生まれたばかりの子供が大の大人を屠ることさえ可能。単純な筋力で、である。



 ――ガキィン!!



 転生当時、俺には才能があると、魔術指南役の女、アイリスが言った。

 だが厳密にはそれは違う。才能があるんじゃない。呑み込みが早かったのだ。

 


 キィンキィンキィンキィン!!



 一歳に見えても三十六歳。過去どれだけ見下される存在だったといっても、相応に適応してきた。ただ適応が遅かっただけなのだ。

 しかし記憶を維持しつつ転生した今、俺の適応能力は誰よりも速くなった。世界は違えどそこは俺がかつて走ったコースとほぼ同じようなものなのだから。

 天才と呼ばれて当然だった。



 キィンキィンキィンキィンキィン!!



 だがそれも五歳までの話だった。五歳の春先、突然魔力のキレが落ちた。アイリスは一時的なものだろうと言ったが、一年も経つと、俺は一切の魔力も発動できなくなっていた。



 キィンキィンキリキリキリキリ……!



「どうしたクロード。離れなくていいのかぁ? お前のからっきしの魔力で鍔迫り合いは自殺行為。それとも氣功術なんて庶民の技法で応戦してみるか? え? 元、天才」


「くっ!!」



 それでも俺は努力した。腕立て腹筋スクワット。筋力を補強するために氣功術を覚え、技術書にも目を通し、近接オンリーの戦士職スタイルを目指した。

 だがそんな無能な人間が行う努力は、持っているものの小指程度の力に、簡単にひねられてしまうのが世の常だ。

 現世にいた頃から、これでもかというほど痛感している。



「仕方ない。ハンデだ。ほら? 片手で俺は相手してやるよ。ほらほらほらー」


「くっ! 舐めるな!」


「――おい。何だその口の利き方」



 ゾクリと、背筋に冷や汗が走る。危ない。そう思った時、俺の服の裾がつかまれていた。

 腹の辺りに添えられた手。自分の身体で隠し、家族ギャラリーからは見えないように細工していた。

 そして耳元で声が響く。



「風よ我が声を聞けそして応えよ。空を貫く力よ、この手に宿って弾け散れ」



 ヤバい!!

 だが逃げられない。

 魔力で増幅された力で、服の裾をつかまれているのだ。

 氣功術で筋力こそ補強しているが、所詮代替だ。魔力による破壊の力には敵わない。



風烈弾ガストブラスト!」



 腹に巨大な鉛玉でもぶつけられたようだった。ヨダレをまき散らしながら吹っ飛ぶ俺。

 地面に両手足をついて、うずくまった。



 あの野郎……!!

 心の中で呪詛が紡がれる。



「ちょっとアイン!! 何よ今の!! ふざけないでよ!! 大丈夫? クロ」



 姉であるカトリが俺に駆け寄り再生リザレクションをかけてくる。

 再生リザレクションは他者にしか使えない白魔術である。自分自身にもかけられる治癒法として、治療リカバリィという魔術があるが、あれは魔力を糸状にして血管を結ぶという術というより技法に近いため、この手の打撲傷には効果が薄い。

 何より今の俺には、治療リカバリィ程度の治療魔術さえ満足に使えない。

 治療リカバリィは自身にかけるに限り、魔術の中では初級に位置する魔術だった。



「怒るなよカトリ。ちょっと実践形式にしただけだろー? こいつの周りにいるのは父上と関係を結びたいだけのクソだけで、真の友達なんてのは一人もいない。それじゃあまりにも可哀想だってんで、ちょいと鍛えてやったまでの話さ。強くなれば誰でも従うからな」


「あんたねえ……!」



 腹の底からどす黒い感情が燃え上がってくる。それは糸のように俺の手足へと繋がれて、俺をゆっくりと立ち上がらせた。

 


「クロ?」



 寄り添ってくる優しい姉をどかし、このクソッタレの兄であり、厳密に言えば二十も年下のガキを見据えた。

 アインの顔は恐怖に引きつっている。

 


 こいつは殺す。

 現世じゃ仏と言われた俺だが、今回ばかりはマジでキレていた。

 地獄に落ちても構わん。お前だけは必殺する。



 目を閉じた。

 異世界転生といえばチート能力である。自分だけが使える特殊能力。

 それが実は俺にもあった。

 能力名はアーストゥエバーグリーン。地球から、この世界エバーグリーンに二回だけ、物を持ち込める、というものだ。

 この世界には『スキル』と呼ばれるものがあり、スキルは本来十五歳から十八歳の貴族でなければ習得不可とされているが、俺は産まれた時からこのスキルを得ていることを、脳内に刻み込まれて知っていた。 

 とはいえ妄想の可能性もある。だから一度試した。求めたのは金銀財宝。これならばお試しであっても腐ることはない。

 詠唱し、そして求めた。

 すると、ダイヤモンドにエメラルド、果てには金塊までもが、俺の前で具現していた。金塊にはご丁寧にも『純金』と日本語で掘られている。俺の妄想でなかったことは、これで確定した。

 当時三歳だった俺は、これら金銀財宝を呪文で開けた穴の中へと隠し、風の精霊魔術、幻惑風シルフエニグマでこの場所にたどり着けぬよう封を施した。

 財宝は今も取り出していない。二つ目の願い事も未だ叶えていない。

 このチートはいうなら切り札だ。切り札は最初に切った方が負けとは漫画でもよく言われることだ。俺の知識戦略は基本漫画で構成されている。

 今でも大概地獄だが、まだ耐えられる。もっと、本当に辛い時があるのではないかと、ずっととっておいた俺の切り札。

 しかし今思いついたよ。

 


 拳銃にしよう。

 


「アーストゥエバーグリーン」


「はは、何だよその呪。魔術が使えない時間が長すぎて、呪の唱え方も忘れたか? 精霊の個我を狂わすには、尋常ではない魔力か、魔力を乗せた呪を唱えなければならない。今のお前じゃどちらも不可能なことだ」



 撃ち殺す。

 目にもの見せてやる。

 後のことなんざもう知るか。

 これが自暴自棄というやつか。

 今の俺は、目の前のこいつをぶち殺せれば、全てがどうでもいいという気持ちに支配されていた。

 


「我が今求めしものを、この場へと転送――」



 周囲の風が吹き荒れる。

 ふと思った。

 この感覚は、魔力があった頃と似てい――



「ぐはっ!!」



 思考を断ち切る一撃が、腹に見舞われた。

 呼吸をも奪われた俺は、その場に膝をつき、影で覆い被さってくる相手を見上げた。

 燦々さんさんと輝く太陽を背に立っていたのは、アインの護衛兼ローディス家の剣術指南役、キルバルト。



「キルバルト!!」


「申し訳ありませんがお嬢様、これは剣術の稽古です。何より、戦闘中に目を閉じた坊ちゃんの負けです。聡明『だった』お坊ちゃんならわかりますよね?」


「あんた達……っ」


「もういいキル。いくぞ」


「はい。アインお坊ちゃん」


「大丈夫? クロ」


「クロードお兄ちゃん、大丈夫?」



 姉であるカトリと、妹のエイチカが心配の声をかけてくれる。嬉しいが屈辱でもあった。

 俺は三十五歳で死んでいる。転生した今の俺の年は十三歳だ。つまり実年齢は四十八歳なのだ。

 四十八年生きて、十八の子供にも勝てない。

 どんだけ無能なんだよ、俺は……っ。



「くそっ!!」



 思わず拳で地面を叩いていた。

 そして、天を仰ぐ。



「クソおおおおおおお!!」



 俺の虚しい咆哮が、蒼い空に響き渡った。

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