第24話 大切に

 殿下にきのこを預けて、〈客間〉から自室に転移すると、アレクシアが待っていてくれていた。

「お帰りなさいませ、ソフィア様」

「ただいま、アレクシア」

 スッと頭を下げたアレクシアは、顔を上げ、素早く楽な服に着替えさせてくれる。

 あっという間に着心地の良いワンピースに着替えさせてもらった私は、ソファに横になって、クッションを抱きしめた。


 いつも通り早すぎるわ……。


 アレクシアは、私に負担がかからないようにと、頑張ってくれているらしい。

 ありがたいことだ。アレクシアには感謝してもしきれない。

「ありがとう、アレクシア」

「とんでもございません」


 やっと帰ってこれたわ……。


 アレクシアといつものやりとりをしていると、何だか安心する。

「ねえ、アレクシア」

「はい、ソフィア様」

 名前を呼べば、アレクシアはすぐに返事をしてくれる。

「私、アレクシアに名前呼ばれるの好きよ」

「はい、存じております」

「ふふ」


 存じていたのね。


 その返事が何だかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。

 しかし、楽しい気持ちになったのもつかの間、心にはもやもやとした気持ちが広がっていく。

「はあ……」

 つい、ため息をついてしまった。


 結局、ルイ様の魔法についてはほとんど聞けなかったし、殿下と『約束』した、眠くならないようにする魔法についても聞きそびれてしまったし……。


 ルイ様なんて、次はいつお目にかかれるかも分からないのに……。 


 ルイ様のお顔が浮かんできて、会いたいなあと、何気なく思った。

「……ソフィア様」

「なぁに? アレクシア」

 戦闘の疲れもあるのかもしれない、いつも以上に疲れていた私は、気の抜けた返事を返す。

「私は……ソフィア様を、何よりも大切に思っております」

「……え?」

 真面目な顔をして言うアレクシアに、少し驚いて顔を上げる。


「私に、話してみていただけませんか?」

 アレクシアの真っ直ぐな視線に、私はクッションを抱きしめたまま身体を起こす。

「もちろん、ご無理にとは申しません」


 アレクシアはすごいな。


 私がもやもやしている気持ちを察して、声をかけてくれたんだろう。

 アレクシアの優しさが身に染みて、話してみようかな、という気持ちが出てくる。


「あの、ね……」

 ぽつりと言葉を落とすと、アレクシアは黙って次の言葉を待ってくれている。

 このもやもやとした気持ちをどう表現したらいいかわからなくて、頭に浮かんだことをそのまま口に出してみる。


「ルイ様は……、ルイ様は、私のこと、どう思ってるのかな」

「……」

 アレクシアは、少しだけ目を見開いた。

「な、何だろ、よくわからないな、何でこんなこと言ったんだろう」

 自分の口からなぜこんな言葉が出たきたのか分からなくて、混乱する。

 頬が熱く感じて、クッションに顔を埋める。


「ルイ様に出会われてからの、ソフィア様は……」

 少しの間があってから、アレクシアが昔を懐かしむような口調で、言葉を紡いでいく。

「ソフィア様がルイ様のことをお話になる際は、頬が桃色に染まり、とても楽しそうにしておられます」

「も、桃色……?」


 た、確かに、最近ルイ様といると顔が熱くなったり、胸が苦しくなったりすることが増えたけれど……。


 桃色って言われると何か……。


 しかも、そんなに楽しそうにしてたかな……。


「頬が熱くなったり、胸が苦しくなったり、思い焦がれる理由は、ひとつだけではありませんか?」

「……」

 アレクシアは、私の心が読めるのだろうか。

「それだけ聞くと恋、みたいね?」

「ええ、そうですね」

「そうだよね……え?」

 冗談のつもりで言ったのに、しっかりと肯定されてしまった。


 ……恋?


「まさか、私が、ルイ様のことを、好……?」

 そこから先は、言葉にできなかった。


 え……。


「いやいやいや、ルイ様の魔法が気になるってだけで!? それ以上の想いは……」

 とっさに否定しようとして、言葉に詰まってしまう。

 

 ……否定できない。


 アレクシアはじっとこちらを見ていて、もう、観念するしかない。



 ――そうか。私、ルイ様のことが好きなんだ。



「あああああ~」

 自覚した途端、どうしようもないほど大きな感情の波が襲ってきて、クッションに顔をうずめる。

「どどど、どうしよう?」

 私はもう半ばパニック状態だ。

「どうしよう、ばれてないかな。迷惑かけたらどうしよう」

「ばれてはいないと思います。ルイ様には」

 アレクシアは冷静に、少し考えるそぶりを見せた。


 ルイ様にばれてないのは救いだわ……って。


「え、ほかの人にはばれてる?」

「第三者は大丈夫かと。殿下はおそらく」

「で、殿下……」


 殿下にばれているの、何かすごく嫌だな……。


 でも、きっとあの人には全部ばれているのだろう。


 私、殿下には一生隠し事をできる自信が無いわ……。


「告白なさってはいかがですか?」

「こここ告白!?」


 アレクシアが突然爆弾を落としてきた。


 告白……? 私が、ルイ様に……?


「無理無理無理!」

 想像するだけで顔が真っ赤になってしまって、告白するなんて考えられない。

「私が好きだって知ったら、きっと気持ち悪いと思われる、嫌われる……」

「そんなことはないと思います」

 アレクシアは否定してくれるけれど、 悪い想像はとめどなく溢れてくる。

「魔法で攻撃されるとか、不安になったりするんじゃ……」

「仮にソフィア様に攻撃されても、ルイ様は問題ないのでは」


 た、確かに……?


「私が本当は黒髪だって知ったら、嫌われるかな……?」

 私は普段から魔法で髪を茶髪に変えている。


 く、黒髪の女は嫌いかな……。


「ルイ様も黒髪です」

「そ、そうだけど……」


 淡々と事実を述べるアレクシアのおかげで、少しだけ思考が整理される。


 もし、告白したら。

 告白して、拒絶されたら。


「こ、怖い……」

「ソフィア様は本当に怖がりでいらっしゃいますね」

「だ、だって……」


 拒絶される、色々な未来が想像できてしまって、不安に飲まれそうになる。

 

「魔物にはあんなに勇敢に立ち向かっていかれるのに」

 アレクシアが、珍しく微笑んだ。

「む、むりだよ……」


 だって、今、やっと気づいちゃって、こんなに胸がいっぱいなんだから。


 ふふ、と笑みをこぼしたアレクシアは、私に視線を合わせるように、丁寧に腰を折った。

「まずご自身のお気持ちを自覚なさったことが、大きな一歩だとアレクシアは思いますよ」

「……アレクシア」

 アレクシアの優しさに、涙が出そうだ。


「アレクシアは、ソフィア様がそのお気持ちを大切にしてくださればなと、願っております」


 そ、っか……。

 この気持ちを、大切に……。


 心のうちに秘めておく分には、いいのかな?


 アレクシアが黙ってうなずく。

「ほんと、アレクシアは私の心が読めるのかな」

「ええ、そうかもしれません」

 自慢げに胸を張るアレクシアに、思わず笑みがこぼれた。


「ありがとう、アレクシア」


 アレクシアは、優しく微笑んで、しっかりと頷く。


「大切にするわ」


 この恋心を、大切に持っておこうと決めた。

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