第22話 応援

「ルー、お茶飲む? 久しぶりに大声で怒ったから、疲れちゃった」

 アルは力なく笑って、肩をすくめる。


 アルが紅茶を淹れるのを見たことはないな……。


 いつもは部屋に入るときには、すでにテーブルの上に用意してくれていたので、実際にアルの手で、紅茶が並々と注がれたティーカップがすっと現れるのは初めて見た。


 これは、ソフィア様が使っていたのと同じ魔法か……。魔法の師だと言っていたものな。


 ふっと笑みがこぼれる。

 近頃はソフィア様のことを考えるときゅっと痛んでいた胸が、ほわっと温かくなるのを感じて、嬉しくなる。

「……魔力譲渡するか?」

「はは、眠くなっちゃうからいいよ」

 

 むう、確かに俺の魔力コントロールでは、アルのように眠くならないような工夫をすることは難しいか。


「ルーが冗談言うなんて珍しいね」

 アルは優しく、楽しそうに微笑む。


「……浮かれているんだ」


 アルという、他ならぬ親友の、しかも王子の想い人ともあれば、諦めなくてはならないと思っていた。

 でも、それは勘違いだったし、その親友本人に背中を押してもらえた。

 もう、諦める必要はないのだ。

 それが何よりも嬉しいと思えた。

「ふふ、ほんと、ルーってかわいいとこあるよね」

「か、かわいい……?」

「うん」

 聞き間違いかと思って聞き返せば、いい笑顔で頷かれてしまった。


 アルとは同い年だと思うが……。弟のように見えているのだろうか。


「馬鹿にしてるわけじゃないよ。大好きだなって」

 アルの言葉には、不思議と裏を感じない。

 だから、真っ直ぐに、すっと心に入り込んでくる。

「……そう、素直に好意を表現できるところは、尊敬する」


 俺もアルのように、素直に告白でき言えたらな……。


 アルのことを少しうらやましく思う。

「ええーそれだけ? 魔法でも剣でも、尊敬してくれていいんだよ?」

「それももちろん、尊敬している」


 当然だろう。俺はアルに剣も魔法も敵わない。尊敬しているなど、今さら言うまでもないことだ。


「ふふ、嬉しいねえ……」

 アルは少し目を見開き、そして目を細めた。

 あんまり嬉しそうにするものだから、そわそわと落ち着かない気持ちになった。

 アルが魔法で淹れてくれたお茶を口にする。

 アルが淹れてくれたお茶も、温かくて、優しい味がした。

 それでも、ソフィア様が淹れてくれたお茶は、このお茶とは違う特別な味わいがしたなと思い、つい笑みがこぼれる。


「……告白しなよ?」


「ぐっ……ごほっ、がほっ……」

 唐突にアルが放った言葉に、再びお茶を飲もうとしていた俺は咳き込んだ。

「ごめん、大丈夫?」

「あ、ああ……」

 俺はハンカチで口元を拭いながら、アルが言ったことを考える。


 告白、か……。


 この気持ちを伝えたら、彼女はどう思うだろうか。


 伝えるのが怖い、逃げたいという気持ちが心を駆け回る。

 けれど、親友に背中を押してもらった今、素直に彼女に伝えたいとも思う。

「そもそもいつから好きなの? ソフィアのこと」

 アルは純粋に興味があるといった顔で、無邪気に尋ねてくる。


 それは……。


 人に話したことは無かったが、親友アルには嘘をつきたくなくて、正直に答える。

「…………7歳のときだ」

「へ? 7歳? それって12年前じゃないか?」

「……そうだな」

 アルはかなり驚いたようで、口をあんぐりと開けている。

「……そんなに前からだったとは」

「……引いただろう」


 12年前からこの想いをずっと胸に秘めていただなんて、いきなり言われても受け入れがたいだろう。


「いや、うーん。驚きはしたけれど、別に引きはしないよ?」

 アルも当然引いていると思ったが、案外さっぱりとした感想が返ってきた。


「ただ、不思議ではあるかな。当時ソフィアは5歳だろう? どこで会ったんだ?」

 アルはあごに手をあてて、心底不思議だという顔で考え込んでいる。

 俺は、懐かしいあの光景を思い浮かべながら、つぶやいた。


「……魔法を、見たんだ」

「へえ?」


 俺は、初めてソフィア様のことを見かけた日を、その美しい光景を、追憶する。



◆◆◆


 俺は、6歳になったときから騎士見習いとして、王宮の近くにある訓練所で指導を受けていた。

 訓練を受け始めて1年が経ったころ、剣の腕を見込まれ、年が同じこともあってアルと面会するようになった。いずれはアルの護衛に、というような話だったようだが、その頃は純粋にアルと話し、魔法や剣を教わる時間が楽しく、好きだった。

 アルは魔法も剣も一流で、誰に教わったのかと聞いても「ないしょ」とはぐらかされるだけだった。

 あまりにもしつこく聞いたからか、一度だけ「うーんとね、ひんとはね、でんせつのそんざい、だよ」と言われたから、俺は妖精や神獣の類いに教わったのだと信じていた。


 ある日、俺はいつものようにアルに魔法を教わりに、王宮の長い廊下を歩いていた。ふと、中庭にさしかかったところで、強い魔力の反応を感じる。


 アルとおなじくらい、つよいまりょく……?


 誰かと思って近づいてみると、花壇の陰になっていた少女の姿が見えてくる。

 少女はお姫様のようなドレスをふわりとなびかせ、花壇に植わっている花々の上に両手をかざして、魔法で花々に水をやっているようだった。

 少女の手から霧雨のように優しく降り注ぐ水は、まぶしいほどの太陽の光を反射して、少女のまわりをきらきらと舞って落ちていく。


 きれい……。


 なんて、綺麗な魔法なんだろう。


 なんて、綺麗な……。


 その光景に見とれていた俺は、そこまで考えたところで頬にとてつもない熱がのぼっていくのを感じる。


 あ、あれ……?


 感じたことのない胸の高鳴りに、どうしていいかわからなくなった俺は、逃げるようにアルのもとへと向かった。



◆◆◆



「今思えば、あのときの少女は、今とはずいぶん違う格好をしていたけれど、ソフィア様だったんだと思う」

 いつまでも鮮明に心に残っている光景を語り終えた俺を、アルは驚いた顔で眺めていた。


 きっと、幼いころのソフィア様は、変装魔法を使っていたのだろう。

 齢5歳の子が、そんな高度な魔法を使えるはずがない、という考えは、彼女の実力を知った今、関係ないと確信できる。


 ソフィア様が張った結界も、ウルフに放った氷の剣も、あのときの少女の魔法にそっくりで、とても綺麗だった。


「たぶん、俺はあの美しい魔法を、綺麗な彼女を一目見た瞬間から、惹かれていたんだ」

「へえ……」

 アルは本当に嬉しそうに目を細める。

「応援するよ、ルー」

 俺はその優しい眼差しを受けとめて、ゆっくりと、でもしっかりと、頷いた。

 アルは満足そうに微笑んで、ソファから立上がった。

「そうだ、景気づけに良い茶葉を開けようか。最高品質だよ。ちょっと待ってて」

 ソファの後ろにある戸棚に所狭しと並べられている入れ物を眺めて、ときおり香りを嗅ぎながら、アルは楽しそうに茶葉を選んでいる。

 俺はアルの気が済むまで、お茶に付き合うことにした。


 確かに、ソフィア様を想うようになったきっかけは、7歳のときだったと思う。


 でも、あの、魔物討伐の最前線で再会したとき、きっと俺はもう一度、恋に落ちたんだ。

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