第9話 よかった

 殿下が授業を見学して行った後、私はさらに2時間授業を受けて、やっと昼休みの時間になった。

 ローズ様に食堂に行かないかと誘われたが、今日は用事があると断った。

 ローズ様もお忙しい身だ。いつも一緒に昼食をとっている訳ではないが、魔法の研究に夢中になって昼食をすっぽかしそうになる私を、よく食堂に連れ出してくれる。


 今日は殿下に呼び出されてしまったし、昼食を取る時間はないかもしれないな……。


 最近は魔物討伐に同行することも増え、何時間も飲まず食わずなんてこともざらだし、回復魔法で回復できるので、ある程度は何も食べなくても大丈夫ではあるんだけれど。


 はぁ、さすがに連日任務だと疲れるな……。


 廊下に寄りかかりながら歩きたいところだが、いくらなんでも貴族令嬢なのでそんなことはできない。

 重いからだに鞭を打って姿勢を正し、階段を降りようと一歩踏み出した、そのときだった。

「ひゃっ!?」


 やばい、踏み外した……!


 魔法を発動する時間も気力もなく、痛みを覚悟して目をぎゅっとつぶる。


 どこか怪我をしても魔法で治せばいいや、ちょっと、いや大分痛いだけ……。


 そう考えている間に、空中に投げ出された身体は、おなかを中心に引き戻された。


「大丈夫ですか……!?」


 落ちると思ったのに逆に持ち上げられて混乱していると、焦った声が降ってきた。

 どうやら落ちかけたところを、お腹に腕を回して抱きかかえるかたちで助けてもらったようだ。

「あ、ありがとうございます……」

 恐怖でバクバクと鳴る心臓がうるさい。


 こ、怖かった……。


 助けてくれた人は、抱えていた私をそっと地面におろしてくれた。

「怪我はないですか」

 向き合う形になったところで、初めて助けてくれた人の顔を見た。

 彼の綺麗な黒髪が、さらりと揺れる。


 わわ、この方、さきほど王子と一緒にいらっしゃった護衛の方だ……!

 間近で見るお顔は一段と凜々しいな……。

 私を心配してくださっているのか、少しだけ眉尻が下がっているのがかわいらしいな、なんて……。


「だだだ大丈夫です!」


 なんて失礼なことを考えてしまったんだろう……。


 自分の顔に熱が集まっていくのが分かる。


 うう、恥ずかしい……。


 そんな私の身体を不躾にならない程度に上から下まで確認し、護衛の方は、ふ、と微笑んだ。


「よかった」


 わぁ……綺麗……。

 このお方、クールだと思っていたけれど、こんな風にも笑うんだ……。


 先程教室で見た凜々しい表情も素敵だけれど、この笑顔も一段と素敵だ。

「では、お気をつけて」

 笑顔に見とれていると、もとの無表情にもどられた護衛の方は、それだけ言って踵を返す。

 肩から足下まである長いマントが、ひらりと翻った。

「あ、ありがとうございました!」

 我に返った私は、慌てて感謝の礼をする。

 顔を上げれば、護衛の方が右手をあげてひらひらとさせていた。


 あれは、さよなら、ってことかな?

 それとも、どういたしまして?

 ふふ、何だかかわいらしい人だな。

 ……やっぱり失礼かな!?

 うっかり本人に言ってしまわないように気をつけよう……。


 失礼を働かないように気をつけようと思いつつ、心に引っかかりを覚える。


 それにしてもあの声、どこかで……。


 何となく懐かしさに似た感情を覚えたが、心当たりはない。


 あんなに美しい人に会ったことがあるなら、覚えていると思うんだけどなぁ……。

 まぁ、知り合いの声に似ていたとか、そんなところだろう。


「よし、今日の任務も頑張るぞ、っと」

 小声で気合いを入れ直した私は、目的地に向かって歩き出した。

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