第14話 唯一
「アル!」
俺は、先程の部屋を飛び出して、ソフィア様を抱えたまま、隣の部屋の扉を勢いよく開け放った。
「うわっ、ルー!? ど、どうした!?」
アル――アルフレッド王子殿下が驚いて、彼の持っていたティーカップがカチャリと音を立てた。
「ソフィア様が……!」
パニックになってしまっていた俺がそう言うと、アルの雰囲気が一変した。
ぞくり、と背筋に寒気を感じ、思わず立ち止まる。
気づいた時には、アルの手の中にソフィア様がいた。
「――!?」
驚いて自分の手元を見れば、彼女を抱えていたはずの腕ごと、魔法で拘束されていた。
自分の身体に、ものすごい力で光の輪が巻き付いていて、身動きが取れない。
「……何をした?」
今まで見たことがないほどに、アルの目は黒く光っている。
「い、いや、何も――ではないが、」
正直に答えれば、拘束がきつくなる。
魔法で多少抗っているが、本気でつぶす気か……?
「そ、そんなことより、ソフィア様は……」
「問題ない。ただ意識を失っているだけだ。そんなことも調べずに、ここまで来たのか?」
「い、いや……、もちろん、調べた」
あまりにもきつい拘束に、呼吸をするのも難しくなってくる。
「ルイ、たとえきみでも、ソフィアを害するものには容赦はしない」
初めてアルに向けられた、本物の敵意に、俺は心底驚いていた。
「……御意」
俺の返事を聞いて、アルが息をつくと同時に魔力を緩めたその一瞬、俺は魔法の拘束をぶち破った。
途端に、アルが我に返ったように表情を崩した。
「……! ……またやってしまったな。ルー、ごめんね」
また?
殿下の口ぶりがひっかかったが、今は気にしている場合ではない。
「あ、ああ。俺もソフィア様を守り切れず、申し訳ない」
誠意を込めて、謝罪すれば、アルは冷静に、こちらを見据えた。
「……何があったか聞いても?」
「も、もちろんだ」
呼吸を整えながら、俺は先程あったことをアルに全て話した。
「ふぅん。なぁんだ、ただの事故か」
事の顛末を聞き終えたアルは、拍子抜けしたと言わんばかりにつまらなさそうに言った。
「……決して彼女を害するようなことは、何も」
「……本当に?」
アルの疑うような目に、少したじろいでしまう。
「あ、ああ。アルフレッドに誓って」
これは、俺たちが幼い頃からやっている、お互いが絶対にうそをつかない、約束を破らないと誓うときに言う言葉だ。
「……ふふっ、ルイがそこまで言うなんてね」
アルはおかしそうに笑っている。
アルの雰囲気がいつものやわらかいものに戻っていることに安堵する。
「冗談でも、あんなのはもうやめてくれ……」
正直、少し怖かった。実力者を怒らせるとあんなにも恐ろしいのか。
「冗談? そんなつもりは少しもないけれど」
「え」
「ふふ、まあ、ルーのことだし、本気で何かあったとは思っていないよ」
「……」
相変わらず、つかめない人だな……。
とりあえず、俺が危害を加えたわけではないと分かってもらえたようで良かった。
「でもルー、あれは取り乱しすぎだよ。魔力の流れを読めば、ただ意識を失っているだけだとわかったはずだろう? ルイらしくもない」
アルの言うことはもっともだ。
もちろん反射的に魔力の流れを読んで状態は確かめたし、大事ないと、頭では分かっていた。
けれど、ソフィア様に何かあったらと、気が気じゃなかった。
「まあ、取り乱す気持ちはわかるけれどね。今後はソフィアと一緒に前線にでることもあるんだ」
「……反省する」
「ああもう、そうじゃなくて。いや、反省もしてほしいけど」
……? 戦場で取り乱すことは命取りになると、そういうことではないのか?
「ソフィアが大切だってこと、わかってくれた?」
優しい、愛しい気持ちに溢れたような笑顔で、そう言ったアルの顔を見れば、それはもう十分に明らかで。
「ああ……。本当に、大切なんだな」
そう絞り出すことしかできなかった。
「うん、そうだねぇ……」
アルはそこで言葉を切って、笑った。
「ソフィアは、僕の唯一……だからね」
はにかむように笑ったアルの顔を、とても美しいと、そう、思ってしまった。
アルの想い人、か。
応援しなくては、と思うと同時に、胸の奥がグッと痛んだ。
「あと、ソフィアはそんなに弱くない」
きっぱりと言い切ったアルの瞳が、強く光った。
「そう、か……」
アルは相当な実力者だ。そのアルが、そこまで言うならば、それほどの実力を持った人物だということだろう。
「うん。もう少しソフィアのことを信頼すると良いかな」
「分かった。善処する」
「ふふ、ルーらしいね」
そう言って、アルは穏やかに笑った。
こんな素敵な友人に、敵う気がしなかった。
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