王太子の護衛騎士に転生したので悪役令嬢を救おうとしたら、男の娘でした
新 星緒
1・王太子には失望したわ
初恋は実らない、とどこかで聞いた覚えがある。真偽のほどはさだかではないけれど、すくなくとも私にとっては真実だった。初恋は泡と消えた。
いえ、そんなきれいなものではないわね。
巨大な鉄槌で、完膚なきまで叩き壊されたというのが正しい表現だわ。
その初恋の相手、コンラート王太子を見ながら心の中だけでため息をつく。
彼と私は乳姉弟。寛容な国王夫妻のおかげで、本物の姉弟のように仲良く育ったのだけど、いつしか私は彼に恋心を抱くようになっていた。そんな私に彼が、
『ステラとずっと一緒にいたいけれど、無理だよね』と言ったのよ。
『無理』という言葉にショックを受けた私は、どうすればずっと彼のそばにいられるか、考えた。できることなら妻になりたかったけれど、身分的に絶対に無理。だって私は庶民だから。
お母様は子爵夫人だったけど私を妊娠中に夫を亡くし、叔父によって屋敷から追い出されてしまったのよね。同情した王妃様が乳母として雇ってくれたけれど、こんな経緯だから私は立派な庶民なのよ。
ならば、どうすればいい?
答えは案外簡単だった。彼専属の侍従か護衛になればいい。
そこで私は護衛騎士を選んだ。女性はほとんどいない職業だったけど、私の適性は侍従よりもこちらにあったから。
騎士になるためには、コンラートと離れて厳しい修行をする必要があったものの、一生そばにいるために必要なことだと思えば乗り越えられると思ったし、実際に乗り越えた。
だけれど。五年も離れている間に、心優しく無邪気だったコンラートは、軽薄で考えの浅いチャライ王太子になってしまっていた。
どうしてこうなったのよ――――!!!
もちろん。昔の面影がまったくないわけではないのよ。修行を終えて正騎士になった私をコンラートは幼い日の約束通り、専属に取り立ててくれた。『戻ってきてくれて嬉しい』とも言ってくれた。護衛騎士をするためにしている男装も、素敵だと褒めてくれている。
でも、でもっ――――
コンラートは今、可愛らしい男爵令嬢ルルカの腰を抱き身体を密着させて嬉しそうにしている。ここが誰もいない密室ならばまだしも、学生食堂なのよ。しかもランチの時間で、全生徒がそろっている。不道徳、非常識、不誠実、の三拍子!
それに! これが一番の大問題。彼には婚約者がいる。完全なる浮気よ。最低。
相手の方は、ソニエール公爵令嬢のオルタンヌ様。私が修行に出たすぐ後に婚約したみたい。
でも、経緯が心が締め付けられるようなひどいもので。王宮に迷い込んだ野犬に噛まれそうになったコンラートを彼女がかばって代わりに噛まれ、その功績に報いるために成立したものらしいのよ。
令嬢は腕にひどい傷が残ってしまったそう。それでも彼女は、大好きなコンラートを守ることができてよかったと言っているとか。あまりの健気さに涙が出てしまうわよね。
なのに、このアホ――ではなかった、コンラートは正々堂々と浮気をしている。
ありえない!
女の敵!
こんなの百年の恋だって、一瞬で覚めるというものよ。
ただ、ほんのちょっと、蟻んこくらいのサイズ感くらいで、わからなくもない気持ちはある。オルタンヌ様はご実家の方針で、留学に出ている。
いずれ王妃になるのだから、見聞を広めておかねばならない、ということらしい。様々な国に数か月ずつ、留学してその国のことを学んでいるそう。立派だわ。
どうやらコンラートも一緒に行く計画はあったみたいなのだけど、自国のことを学びたいからといって拒否したみたい。そうよね、子供のころからずっと、外国語はどれも赤点だったもの。
そんなわけで婚約者が三年も不在のコンラートは浮気し放題というわけ。
私たちが通う王立学園は、基本的に貴族の子女は全員通わなければならない。私は貴族籍ではないけれど、王太子の専属護衛になった時点で、特別編入が認められた。共に学びながら、お側で守るため。
といってもつい三ヶ月ほど前のことだけど。ちょうど最高学年にあがったばかりのころだった。
前任者から、心を無にして務めるのだぞと忠告されたのだけど、すぐにその意味がわかった。彼は誰彼かまわず女の子が好きだった。
どうやら、婚約者がいる令嬢にも手を出したことが何度かあるみたい。とんでもないクズっぷりだわ。
でもすぐに状況が変わった。コンラートに本命ができたのよ。それが入学したばかりの初々しい一年生の男爵令嬢、ルルカ・ヴァッチ。
コンラートはすっかり夢中だし、ルルカも同じ。相思相愛のバカップル。生徒も教師も眉をひそめているけれど、まったく気が付いていない。
陛下に頼まれて、注意をしているけど無視され続け、今では私はちょっと疎まれてさえいる。
困ったものだし、これが私の初恋相手かと思うと涙が出る。
そしてこの問題は今、最悪な形になっている。
食堂の入り口がざわりとした。
目を向けると、彼女がいた。
オルタンヌ・ソニエールが。
なんと二週間ほど前に留学から帰ってきたのよね。
彼女の胸中は察して余りある。王妃になるため懸命に勉学に励んでいた間に、婚約者が浮気をしていたのだから。しかも彼女が帰ってきたというのにコンラートは態度をあらためようとしない。
怒ったオルタンヌ様は、ルルカをいびるようになった。
当然だけど。
コンラートの理屈では、悪いのはすべてオルタンヌ様ということになっている。
今も彼は私を見て、
「つまみだせ」
と冷淡に命じた。
そんなことはできるはずがないのに。彼女は生徒なのだから、食堂を使う権利がある。それに、学園で食事が提供されるのはここだけ。つまみ出せという命令は、イコール食事をとるなということだ。理不尽極まりない。
これが私が恋した人。
ため息をのみこみ、だけど逆らっても時間の無駄になるだけなので、オルタンヌ様のもとに向かう。
「オルタンヌ様。食事は私がご用意します。外のテラス席はいかがでしょうか」
ギロリと彼女は私を見た。そりゃそうよね。
オルタンヌ様は気の強そうな凄みのある美貌であるうえに、髪は燃える炎のような赤毛で、瞳はエメラルドみたいな濃い緑と、どこもかしこも強烈な印象がある。
そんな彼女がにらむと相当な迫力があるのだけど、いかんせん小さい。私と同じ十八歳のはずだけど、頭一つ分、背が低いから、どんなににらんでも怖くないのよね。むしろ可愛い。
「イヤ」と、ややハスキーな声できっぱりと断るオルタンヌ様。「コンラートの馬鹿者がいるでしょう? きっちり言ってやらないと気が済まないわ」
「お気持ちはよぉぉくわかりますが、余計にへそを曲げるだけです。まずはオルタンヌ様は食事をなさってください。あんな浮気者のために、食事を抜いてはなりません」
小声でそう伝えると、彼女は私にだけわかるくらいの小さなため息をついて、背を翻した。
「仕方ないわね。Aランチセットをよろしく」
「かしこまりました」
「売り切れていたらほかで構わないわ」
はい、と答えて彼女の背中を見る。
ルルカに意地悪をしているけれど、本当は優しい人なのよね。
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