016 愛と平和の守護者

「娘、だぁ!? 彼女は転生者だろう!?」 

「いえ、転生者届けを出したと同時に養子縁組を組んだと……」


 もはや、やりたい放題だ。ルーシやクールがどこまでこちらの情報を掌握しているのか分からないが、事実としてルーシはクールと引き分けている。MIH学園もそれを承知の上で、ルーシの入学を決めるだろう。


 *


「クールの義理の娘か……」

「キャメルと並ぶ二大看板になれるかもしれない」

「しかし、クールという男は最高であり、最低です。気に食わない生徒は裸にして校門に放置。ハッパやその他薬物でパーティー。高校生時点で裏社会とのつながりがあり、気に入らないマフィアやギャングをぶちのめす。彼に食われた女子生徒は数知らず」


 歴戦の教員たちも、かつての卒業生クール・レイノルズからの連絡に戸惑っていた。入学希望はルーシという10歳児で、転生者であることとクールの養子だというのは判明している。

 ただ、あのクールの(義理とはいえ)娘を入学させて良いものなのか。確かに、あの男が養子にしたがるほどだ。実力は計り知れない。彼の妹のキャメルすらも凌駕しているかもしれない。

 そんな悩みばかり抱える教員たちは、校長室のドアが蹴り破られたことで、一斉にそちらへ目を渡す。


「よォ!! 久しぶり! 懐かしすぎて、窓ガラス数枚割っちまったけど許してくれや!!」


 190センチ以上の身長は、ロスト・エンジェルスにおいても巨漢の部類に入る。茶色くパーマのかかった髪は、レイノルズ家伝統の髪色。男前だが、悪人面。そんなクール・レイノルズが、背後に銀髪の幼女を連れて現れた。


「く、クール」

「おお。名前忘れたけど、久しぶり! だけど、昔話しに来たわけじゃないんだ。なあ、ルーシ」

「そうだね」にこやかな表情を見せる幼女は、「はじめまして、ルーシ・レイノルズと申します。今回訪れた理由は、まあ先ほど連絡させていただきましたが、この学校へ入学する代わりに、1億メニーの契約金を支払ってもらいたいからです」

「い、1億メニー!?」


 そりゃあ、驚くに決まっている。1億メニー、日本円換算100億円を支払ったら入学してやるよ、と提案されたことなんてないだろうから。


「校長! 本当にそのような連絡があったのですか!?」

「あ、ああ……。なんでも、ランク・セブン・スターズにもっとも近い生徒だと、クールに熱弁されたんだ」

「ランクSに!? いまだ、クールとジョン・プレイヤーしか認定されていない評定に!?」

「あたりめェだろ。おれの娘だぞ? アンタらだって分かってるだろうさ。おれがガキ持つような人間でないことを。それでも、コイツには見込みがある。だから、ガキにしてやったのさ」

「し、しかし……」

「しかし、なんだよ? 最近のメイド・イン・ヘブン学園は落ちぶれたって聞いたぞ? セブン・スターズどころか、有望な魔術師も排出できてないって」


 伝統校であるMIH学園にとって、その名声が下がるのは致命的である。そして、その名声は今にも急落しているのが現状だった。

 有望な生徒を育てきれず、有力な魔術師にすることができない。そんなイメージが先行してしまえば、首を絞められるのはMIH学園だ。

 だからこそ、ルーシとクールは賭けに出た。そして、彼らは勝ちつつあった。


「……、ことし用意できる契約金は?」

「ぴったり、1億メニーです……」


 校長がこう言った時点で、ルーシたちの勝ちは確定したのだった。


 *


「これで動かせるカネも増えるな、クール」

「ああ、兄弟」


 1億メニーの小切手を片手に、ルーシたちは嬉しそうにMIH学園を立ち去ろうとした。

 そのとき、

 校門の前にて、全裸で放置されている男子生徒を彼らは目に捉える。


「おいおい、クール。ガキいたぶって遊ぶなよ」

「おれじゃねェよ。高校生いじめる趣味なんて持ってない」

「じゃあ、誰がやったんだい?」

「知らね。まあ、可哀想だし解放してやるか」


 倒れ込み、ロープで口をふさがれている少年の身体は青あざだらけ。利害もないが、放っておくのも哀れなので、ひとまずクールが拘束を解く。


「おーい、生きてるか?」

「……、」

「生きているな。目が死んでいない」

「しかし、ひでェやられようだぜ? ……あ」

「どうした?」

「コイツ、知り合いだわ。キャメルの幼なじみでさ」

「へえ」


 ルーシは顔が腫れている少年の頬をパンパンと叩き、


「誰にやられたんだい?」


 と、答えが返ってくるまで待つ。

 やがて少年は、女顔で金髪の男子生徒は、緑色の目を持つ彼は、


「……、ウィンストン」


 と、手短に答える。

 だが、ルーシとクールは部外者も良いところなので、名前を言われたところで分かるわけもない。そのため、『ウィンストン』とやらを知っていそうなキャメルへ電話をかけようとした。

 されども、


「……キャメルに、電話しないで」


 モゾモゾと、芋虫のようにしか動けない金髪の少年は、確かにそう言った。


「そこに、いるヒト、クールくん、でしょ? でも、キャメルにだけは言わないで」

「あァ? なんで?」クールは怪訝な表情になる。

「あの子に余計な心配、かけたくないから……」


 ルーシは仕方なく携帯電話をしまい、背丈の高くない少年を担ぐ。


「おお、力持ちだな」

「曲りなりにもオマエと引き分けたんだぞ、私は」

「で? アークをどこへ連れて行くんだ?」

「病院で良いだろ。カタギだろうし」


 クールは救急車を呼び出し、ルーシが担いだ時点でアークが気絶していることを確認し、彼女へ告げる。


「なあ、兄弟」

「なんだ?」

「おれの直感だけど、ウィンストンってガキが今、MIH学園と裏社会を繋いでると思う」

「じゃあ、コイツは薬物取引を潰そうとしてボコられたってことか?」

「まあ、そうだろうな。昔から正義感の強ェヤツだったし」

「本当に可哀想なヤツだな。ま、可愛いものさ。私の男にしてやりたいくらいに」


 MIH学園の闇を垣間見たルーシだが、慄くどころか興奮しているようにすら見えた。

 クールは怪訝そうな表情を強め、ルーシへ訊く。


「なあ、兄弟。オマエは一体、何者なんだ?」


 ルーシは、ニヤリと笑い、


「愛と平和の守護者さ。それ以上の役割は望んでいねェ」


 うそぶくのだった。


******


シーズン1おしまいです。ようやく学園編に突入できる……。

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