004 〝暗黒街の花形〟

「そう来なくっちゃぁな!! ははははッ!!」


 クールは大笑いした。裏社会の中でも選りすぐりの無法者なのは間違いない。悪党の世界に15年以上浸かっていたのだから、その目に間違いがあってはならない。


「よっしゃ! かなり広い廃工場を知ってるんだ! そこへ行こう!」


 手を叩いたクールの元に何者かが現れた。超能力風にたとえるのならテレポートだろうか。ともかく、クールの部下らしき巨漢で黒髪の白人男性はふたりの背中に触れ、ワープした。


「アニキ、いきなり喧嘩ですか?」

「まあな。というか、手ェ叩いただけで現れるとはさすがだぜ」

「感謝の極みです。しかしアニキ、一応このガキにも見届け人が必要なのでは?」

「あー。万が一おれが負けても、オマエが追い討ちかけて倒すのはカッコ悪りィしなぁ」


 あくまでもフェアに闘いたいらしい。そのためには勝敗の行く末を冷静に見られる者が必要だ。クールの部下はどうしても彼寄りの立場を取るからだ。


 そんな折、廃工場の扉が開かれた。


「ルーシさん! なんで私を置いていくのですか!?」


 ヘーラーである。どうやってここまでたどり着いたのか知らないが、とりあえずコイツは有用だ。


「ああ、オマエら。見届け人が来たぞ」

「あれが?」クールは怪訝な面持ちになる。

「まさか天使族?」彼の部下も同様だ。

「何者だって良いだろ。人間並みの頭なら勝敗くらい分かるはずだし」


 勝負を早めるか、焦らすか。

 しかし、牛歩戦術なんて無法者のすることではない。


「良いから早くやろう。時間は有限だからな」


 カツカツ……と高い足音を立てながら、ルーシはクールから距離を取る。

 その足音が止まり、身長150センチくらいの幼女がはしゃぐように準備運動し始めれば、クールも自身の部下を一歩引かせるほかない。


「もう行けるぞ~」

「おう。もう言うことはなしだ。言いてェことは……」


 暗くてシルエットしか見えなかったクールが、比喩抜きで炎に包まれた。熱波が数メートル離れたルーシの頬をかするほどである。


「ここで生き残ってから言え! さぁーて、〝暗黒街の花形〟のショーが始まるぜェ!!」


 人間が火に包まれて会話できるのだから、この世界の法則は前世の尺度で測ってはならない。いや、もっともらしい理由を言われても困る。そんなことより、人間の目では捉えられない銃弾のような火の玉がルーシに数十発向かってきている現状を打破する必要がある。


 そして回避しないといけないはずのルーシは薄い溜め息と破顔を見せ、安っぽいオーバーサイズの白いワンピースの脇ポケットに両手を突っ込むだけだった。


「……へえ」


 小手先調べで殺傷性の塊である炎の弾丸を大量に放ったクールは、自身の審美眼が間違っていなかったことを再確認するのだった。


「黒い鷲の翼か! 見たことも聞いたこともない魔術だなぁ!!」


 ニヒルな笑みのクールへ、ルーシも笑顔で返す。


「悪いな。コイツは〝超能力〟ってヤツなんだ。さて、ショーを魅せてくれよ。暗黒街の花形さん……!!」


 アドレナリン全開のまま、ターン制で闘っているかのごとくルーシが攻撃を繰り出した。黒い鷲の翼から羽根が分離し、それらが不規則に動き回る。触れた瞬間に大爆発を起こすというドローン攻撃に習った羽根は、やがて雪だるま式に加速していく。


「避けられるなら避けてみろッ!! 常識が通じない強さを持っているはずだろ!?」

「当たり前だッ!! おれァクール・レイノルズ!! 常識なんて低いスケールに生きてねェんだよ!!」


 怒号が交差し、クールは満悦し、ルーシはしばらく言葉を失った。


(熱波で羽根を焼き尽くしたッ!? コイツ……)

(理論上あり得ない爆発力を持ってたな。コイツ……)


(とんでもねェ化け物だ。だが、勝てば味方に引き入れられる。だったら勝つしかないだろ……!!)


 互いに互いの恐ろしさと価値を確認し合い、照らし合わせているかのように顔をあげた。


「よう。そろそろ本番行くぞ」


 クール・レイノルズの背中に、炎による翼らしき物体が舞い上がる。


「だな。締まりなく闘っても仕方ない」


 30歳は過ぎているだろう巨漢の背中には、黄色く、そして碧い炎の翼が広がっていた。となれば、次の一手も読みやすい。


(魔術ってのがまず眉唾だったが……どうもこの世界にはそれがあるらしいな。そりゃつまり)

(超能力ってなんだ? ま……攻撃は最大の防御だって教えを信じるだけか。闇雲に魔力を消耗したって仕方ねェし、結局のところ)


(先に相手の能力を掌握したほうが勝ちだな……!)


 ルーシは仰向けに倒れるかのように身体を動かし、そこから元の体勢へ戻るときの反発とともに翼を一気に伸ばす。

 それに合わせ、クールの炎で組み上がっている翼も迎撃するように火の壁をつくった。

 ロックのイカしたギターリフのような音が響く頃、攻撃側のルーシは威力低下を承知の上で右側の翼をクールの真横の地面に突き刺した。


「あァ!? 照準ミスってるぞ!?」

「違げェよ。そんな素人みてーなミスするように見えるか?」

「見えねェなぁ……!!」


 刹那、地べたがめくれた。質量すら持たない、あるいはあやふやな黒鷲の翼が超巨大削孔ドリルでこじ開けたように数多の瓦礫を生み出す。


 ただ、それがクールに響くわけもない。ルーシもそれくらい知っている。たいていの物質は一瞬で溶かしてしまうほどの熱気を漂わせている以上、コンクリートもプラスチックのように溶けて消えるのがオチだ。


 では、銀髪幼女ルーシはいったいなにがしたかったのだろうか。


「おい! これがおれに効くわけねェだろ? “超能力”ってのが暴走してるのかァ!?」

「いいや……すべて狙い通りだ。感謝のキスをしたくなるほどに、な」


 ルーシの超能力は『あり得ない現象・法則を自在に生み出し、従える』ものだ。昔から手短過ぎる説明だと思っていたが、いま考えるとそれくらいしか解明されていなかったのだろう。


 瓦礫は一斉に水へ変わった。まるで洪水のごとく。すなわち、クールと彼の魔術の炎も呑み込んでしまおうという腹積もりだ。

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