002 ヤニカス幼女
「あー……」
ルーシはいつの間にか目を覚ます。こんなにも熟睡できたのはいつぶりだろうか。小学生の頃まで遡りそうだ。
「不思議の異世界は……ロサンゼルスみてーだな。ただ気温は低い」
寝ぼけ眼のまま、とりあえずルーシは街を歩く。
まずカネが必要だ。一応ポケットの中を漁ってみたが、中には一枚の硬貨もなかった。カネは正義に変換できる以上、カネ稼ぎする必要がある。
(ドイツもコイツも身長が高いな。女でも2メートル越しているんじゃねーか?)
それにしても、妙に背丈の高い者が多い。生前180センチぴったりだったルーシの目線が街行く人の胸あたりの上下を捉えているため、男女問わず2メートルは越えている印象を受ける。巨人国家なのだろう、とルーシはあまり気にしない。
「よう! そこの可愛い嬢ちゃん! 小遣いあげるからおれと良いことしね!?」
最初は関係ないと思っていたが、この掛け声はルーシに向けて発せられたものらしい。髪の毛が伸び切っている。背が高いわけでもない。顔立ちは確認していないが、中性的な容姿なのは変わっていないだろう。ひげさえ生えていなければ。
というわけで、ロリコンに絡まれたらしい。
「ああ、そうだな」
「おっ! 乗り気じゃねェか!! 40分150メニーでお願い──」
瞬間、ルーシは無用心に近寄ってきた男の首を掴んだ。指に力を入れ、メリメリ……と骨をきしませる。
「だけど、小遣いが安いなぁ。有り金すべて出したらとびっきり気持ち良いことしてやるってのに」
「どう……いうことだよ……」
「どうもこうもねェ。早く意識落とさねェと死んじまうぞ?」
ルーシはせせら笑う。やがて吊り上げていた男の腕が力なく下がったので、ルーシは彼を地面に叩きつける。
「気絶って結構気持ち良いって言うからな。楽しんでこいよ~」
周りが騒がしくなる前に財布を抜き取り、ルーシは足早に去っていった。
しばらく歩き、この世界の発展度の結論は出た。ここは21世紀のロサンゼルスより、いや2020年代までのどんな都市よりも発展している。
まず、摩天楼ビルが建ち並んでいる。当然車も大量に走り回っている。ただ排気ガスが大量に生じているとは思えなかった。田舎街に来たように空気は澄んでいて、美味しく感じるからだ。
また、空にはわずかだが車が飛んでいる。そのついでにヒトも飛んでいる。アンティークなほうきにまたがる者と鳥のような体勢で飛ぶ者が半々といったところか。
「良く分からん場所だ。さて」
けれど、まずはタバコが吸いたい。ルーシは露店式の売店で新聞と缶コーヒーをレジに渡し、注文した。
「170番ください」
「…………。悪いけど、10歳くらいの女の子にタバコは売れないな」
若い男の店員は苦笑いしながらそう言ってきた。
「は? そんなに女っぽく見えます? というか10歳なわけがないでしょ──」
ガラスに自分の姿が反射されていることなんて、最初から分かっていた。だけども、人間は本当に信じたくないことは脳が理解を拒むようだ。
銀髪碧眼の10歳程度の幼女がそこにいた。
「……、ヘーラー」
ルーシはずっと感じ取っていた。自らに下手な尾行を仕掛けている者がいると。そしてその正体がヘーラーというピンク髪の天使であることも。
「え、あ、なんで私がいるって分かったのですか?」
「こちらへ来い」
「あ、はい。……いったぁ! 耳つねらないでください!!」
「おい。チート能力はいらねェと言ったはずだが、幼女にしてくれとも言っていないはずだぞ? オマエが仕組んだわけじゃないんだよな?」
「え、えーと、女の子になれば暴力主義が治るかなぁと思いまして、転生直前に性別と年齢を入れ替えておきました!」
「オーケー。これで心置きなく暴力に訴えられるな」
結論、モザイクをかけないと一般人には見せられないほどボロボロになった天使ヘーラーが出来上がった。彼女を容赦なく殴打した当人ルーシは、うつむいて首を横に振る。
「ヘーラー、なんでおれがオマエを殴るか分かる?」
「……〝おれ〟って言わないでくださいよ、〝私〟とかでしょ?」
小生意気な笑みで挑発してきやがったので、仕方なくルーシもケジメをつけさせるのだった。
*
かつてヘーラーだったものは、すこしずつ再生していた。
銀髪のロングヘア美少女ルーシは頭を抱え、アスファルトの上に座る。
「まず、おれの20センチ砲は消え去ったと。そしてこの国の住民がデカイとかじゃなく、おれの身長が縮んでいたわけだ。150センチあるかないかってところだな……。タトゥーも消えているし、こんな細い腕じゃハンドガンも撃てないかもな」
そんな中、ヘーラーが復活を果たした。彼女は満足げにニヤッと笑う。ムカつくのでもう一発殴ってやろうと思ったが、それでは話が永久に進まない。
「チッ……。えーと、170番買ってこい」
「子どもなのにタバコなんて駄目ですよ~。飴玉にしておいたほうが──」
ルーシは指の骨をパキパキ鳴らした。
「行け」
「はいっ!!」
別に姿かたちなんてどうでも良い、と言いたいところだが、さすがにこの姿では問題が延々と生じるだろう。身体能力自体は下がっていなさそうだが、腕の長さや体格の華奢さは殴り合いで不利なほうにしか傾かない。
「はあ……。これならすぐ地獄へ堕ちたほうがマシじゃねーのか?」
冗談にも聞こえない冗談をつぶやく頃には、ヘーラーが戻ってきた。
「ルーシちゃん~。良い子にできましたね~。タバコとライターでちゅよ~」
「ご苦労」
受け取り頭突きを食らわせ、へたり込むヘーラーを尻目にタバコに火をつける。ミリミリ……と紙を減らしていき、極限まで吸い込んだ状態で煙を吐き出す。
「はーっ。うめェッ」
1吸いで半分以上吸いきってしまったタバコをしばし見つめ、ルーシはヘーラーを手招きした。
「なあ。ポイ捨ては良くないよな?」
「当然でしょう!」
「オマエ、調子乗っているよな?」
「もちろん!!」
「なに言っても無駄なのは良く分かった。携帯灰皿買ってこい」
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