第64話 日本へ行きましょう


 手乗りドラゴンと交わした、使い魔の従魔契約。

 黒猫のナイトの時にも、魔力を消費した感覚はあったけれど、さすがドラゴンというべきか。

 小さく変化した姿のルーファス相手でも、リリの魔力はごっそりと減ってしまった。


「うう……目が回ります……」


 久しぶりの貧血に似た症状に襲われるリリを慌ててクロエが支えてくれた。


「リリさま、こちらへ」


 黒髪金眼ツインテールの美少女が、リリを軽々と抱き上げた。

 その細腕のどこにそんな力が、と驚いている間にそっとソファに降ろされた。

 待ち構えていたネージュがリリの膝にブランケットを掛けてくれる。


「ハーブティーをどうぞ、リリさま。『聖域』産のハーブと蜂蜜を使っているから、体が温まりますよ」


 指先が冷えたリリの手にそっとマグカップを握らせてくれたのはセオだ。

 琥珀色の瞳が心配そうに揺れている。


「皆、ありがとう」


 お礼を言って、マグカップに口をつける。

 気遣いのできるキツネの使い魔は、飲みやすい温度でハーブティーを淹れてくれたようだ。

 爽やかなハーブの香りが気持ちを落ち着けてくれる。たっぷり投入されている蜂蜜のおかげで、甘くて美味しい。

 時間を掛けて飲み干すと、体がぽかぽかとしてきた。魔力が回復してきたようだ。


「もう大丈夫そうです。ルーファスもありがとう」


 肩に乗って、ぺたりと身を寄せている手乗りドラゴンにもお礼を言う。肌が触れ合った箇所から、じんわりと魔力が回復している。

 

『リリ、クッキーを食べるといいよ。頑張ったね』


 黒猫ナイトが膝の上に飛び乗って、リリの瞳を覗き込む。ぽとり、とソファに落とされたのはクッキー入りの紙袋だ。

 目にしたセオが、ふかふかの耳をぴんと立てる。揺れる尻尾が床を叩く。


「それ、前に焼いたやつだ!」

「皆で一緒に焼いたクッキーですわね。『聖域』のベリーとナッツ入り」

「コッコ鳥の卵も使った……」


 クロエとネージュも嬉しそう。三人は揃って、うっとりとため息を吐く。


「「「すごく美味しかった」」」


 ふふ、とリリも微笑んだ。

 魔素をたっぷり含んだ異世界の食材を使ったクッキーは、魔力持ちの者にはとんでもなく美味なのだ。

 ベリーは【生活魔法】の【乾燥ドライ】という特殊な魔法で加工してある。

 酸味が飛んで、ぎゅっと甘さが凝縮された最高のドライフルーツができあがった。

 それだけでも、ほっぺたが落ちそうなほどに美味しかったのに、コッコ鳥の卵と異世界で手に入れたバターを使って焼き上げたのだ。

 香ばしいナッツ入りのクッキーとドライベリーのクッキー。魔力回復にはもってこいの、美味しい焼き菓子をリリは遠慮なく口にした。

 さくり、と噛み締めて頬を緩ませる。


「はぁ……幸せです」


 クッキーをかじり、ハーブティーを飲む。

 たまに頬ずりしてくる手乗りドラゴンと黒猫を撫でるのも忘れない。

 そんな風に一時間ほど休むと、魔力はきっちり回復した。

 

「よし、元気になりました! では、さっそく日本に行きましょう」

『にほん!』

『うむ、行こう! 楽しみだな』


 はしゃぐ三人を留守番組の三人が羨ましそうに見てくる。


「いいなー。僕もリリさまの使い魔にしてもらえたら、異世界に行けるのに」

「諦めなさい、セオ。リリさまの今の魔力量では私たちとの契約は無理だもの」

「にほん……」

「もう、皆は日本に行ってみたいだけでしょう? お土産はちゃんと買ってくるから、お留守番をお願いしますね」


 たしなめると、はーいと返事があった。

 もう雑貨店『紫苑シオン』はリリがいなくても回せているので安心して出掛けられる。

 肩に手乗りドラゴンを乗せ、黒猫を抱き上げて、リリは異世界を繋ぐ扉を開けた。



◆◇◆



 扉の先は曾祖母の秘密の部屋だ。

 異世界から持ち込んだ様々な素材が雑多に散らかっている。

 少しだけ片付けたけれど、何しろ物が多すぎるので途中で放置していた。

 幸い、腐るような物はなかったし、なぜか素材も朽ちることはなかったので。


 黒猫のナイトがリリの腕から飛び降りた。興味深そうに周辺を見渡したり、匂いを嗅いでいる。


『シオンさまの匂いがする!』

『ああ、シオンの気配がまだ残っている。……この世界で生き延びたのだな』


 ぱたぱたと小さな翼で器用に飛ぶ手乗りドラゴン。感慨深そうな二匹を見て、リリは彼らをそっとしておくことにした。

 

「一階にいますね」


 階段を降りて、まずは庭へ。

 置き配指定の荷物を回収する。ある程度の日用品が整った今、届く荷物はほぼ『紫苑シオン』で販売する商品だ。

 伯母の伝手つてで直接仕入れることができているフリルとリボンたっぷりの洋服。

 厳重に梱包されているのは、ガラスペンだ。

 この製造会社とはリリが直接連絡を取って大量購入の契約を交わしてある。

 ガラスペンとインク、レターセットの類は消耗品だ。

 売り出した当初から日数も経っているし、少しは落ち着くかと思いきや、未だ人気は衰えていない。

 購入したご婦人方から、その使い心地と美しさを知った紳士たちにも求められており、まだまだ売れそうな勢いだ。

 口コミで、他の街や王都にまで知れ渡り始めているとのこと。


 荷物はすべて魔法のショルダーバッグに収納する。ストレージバングルは時間停止機能付きだが、収納容量がショルダーバッグよりも少ないので、食品以外はそちらに保管していた。


(こっちにはオーク肉をたくさん収納していますからね)


 ダンジョンでドロップした戦利品である。

 三分の一の量は黒猫のナイトに預けているが、残りはすべて伯父宅に持ち込む予定だ。

 お土産用に少し。残りは料理長に頼んで加工してもらうつもりだった。


「ベーコンも作ってもらえると嬉しいのですが……」


 いざとなれば、【生活魔法】がある。

 ドライフルーツも美味しく作ることができた【乾燥ドライ】の魔法があれば、どうにかなりそうな気がした。


「ああ、そうでした。今日これから帰宅することを伝えなくては」


 電話だと話が長くなるので、伯母宛にメールを送っておいた。

 さて、と顔を上げたところで黒猫が階段を降りてきた。


『リリ!』


 トトト、と身軽く駆け降りてくる黒猫に向かって両手を広げると、腕の中に綺麗に飛び込んできた。

 上手にキャッチできたことが嬉しくて、笑い合う。


「懐かしかったです?」

『うん! ありがとう、リリ。にほんに連れてきてくれて』

「どういたしまして。用事が終わったら、おばあさまのお墓参りに行きましょうね」

『俺も行きたい』


 とん、と肩に舞い降りたのは小さなドラゴン、ルーファスだ。

 赤いウロコが美しい生き物に束の間、見惚れたリリだが、彼の目が充血していることには気付かない振りをする。


(相変わらず泣き虫なドラゴンさんですね)


 懐かしいシオンの持ち物や匂いに囲まれて、きっとまた泣いてしまったのだろう。

 種族を越えて、そんなにまで愛されている曾祖母のことがふと羨ましくなった。


「もちろん、皆で揃っておばあさまに会いに行きましょう。大好きだったお花を持って」


 

◆◇◆



 軽ワゴンをご機嫌で運転するのはリリだ。

 お気に入りの曲を流しながら、鼻歌混じりにアクセルを踏み込む。

 助手席にはシートベルトをしたルーファスが窮屈そうに座っている。

 人型を取った彼の服装に頭を抱えたのはリリだ。何せ、ファンタジーな傭兵風衣装。

 とっても似合ってはいるが、現代日本ではイケメン外国人のコスプレにしか見えない。

 どうにかジャケットや革鎧を外させて、こういうファッションです! と言い張れるレベルの格好をさせている。

 魔獣の革製パンツとごわついたシャツ、ショートブーツの軽装だ。来日中のロックバンドのメンバーに見えなくもない。


(途中で、どこかのお店に寄ってルーファスの服を買わないと)


 ちなみに、最後まで自分が運転すると言い張ったルーファスだが、ここは日本。


「運転免許証がないと、日本では運転ができません。向こうの世界では運転を任せますから我慢してください」

「むぅ……仕方ないか」


 途中で寄ったサービスエリアでソフトクリームを買って、どうにか宥めあげた。

 拗ねていた赤毛の大男はソフトクリームをひと舐めするや否や、笑顔になった。


『リリ、リリ! これ、美味しいねぇ』


 クリームまみれの黒猫が可愛らしくて、リリも笑顔を惜しみなく披露する。


「サービスエリアには美味しいものがたくさんあるので、お土産を買いましょうね」

「うむ。留守番をしている三人にも買って帰ってやろう」

『そふとくりーむ!』

「ソフトクリームはさすがに持って帰れないのでは?」

『収納スキルがあるから大丈夫だよ!』

「え、すごい。【アイテムボックス】有能すぎでは?」


 ストレージバングルやショルダーバッグではソフトクリームを収納するのは難しい。

 ならば、遠慮は無用か。


「伯父さまがポーションを買い取ってくださったら、大金が入ってきます。二人の報酬も山分けするので、存分に買っていいですよ」

「! ほ、本当か? ならば、そふとくりーむを二十個ほど買おう」

『ボクは三十個! 色んな味のを食べてみたい!』

「お腹壊しますよ……?」


 寄り道での買い物を楽しみながら、三人はのんびりとドライブを満喫した。

 

 


◆◆◆


ギフトいつもありがとうございます!

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◆◆◆

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