第23話 ドライブ日和


「車の運転とは楽しいものだな、リリィ!」


 ハンドルを握る赤毛の大男が太い笑みを浮かべながら言うのを、リリは適当に聞き流した。

 助手席に座る彼女の膝には丸まった黒猫が眠っている。それはいい。とても幸せな光景だ。

 地図を眺めるのには少しだけ邪魔だったけれど、眠っているネコさんを起こすほどでもない。


 問題は運転席の男である。

 この赤毛のドラゴン──ルーファスはキャンピングカーを運転するリリを見て、自分もやりたいと駄々を捏ねたのだ。

 十分ほど助手席から眺めただけで、車の運転をマスターしたらしい。

 運転免許証を取るまで半年も掛かったリリは少しだけやさぐれた。

 やさぐれついでに、運転を代わってやったのだ。

 見ていただけで、そんなにすぐ車を運転できるはずかない。

 失敗したら、ふふんと笑ってやろうと少しだけ意地悪な気持ちでハンドルを譲ったのだが──


「……なんでこんなに上手なの」


 悔しい。無免許ドラゴンのくせに。


 ちなみに、このキャンピングカーは内部の家電だけでなく、外部ガワもばっちり大魔女シオンに改造リニューアルされていたようで。

 レベルMAXの鑑定スキル持ちのルーファス曰く、物理攻撃と魔法攻撃両方の耐性ありの結界が常時発動されているらしい。

 多少の傷は自動回復する何らかの付与付き、という説明をリリは半分も理解できなかった。

 ナイトの通訳(意訳?)により、「多少手荒に扱ったり、どこかにぶつけても全然大丈夫」とだけ理解してホッとする。

 この草原に潜む魔獣程度なら、キャンピングカーが蹴散らしてくれるようだ。

 

 鼻歌交じりに片手運転をするルーファスを恨めしそうに見やっていたリリだが、トイレ休憩の後で開き直った。


「面倒な運転を任せられたのはラッキーなことかも?」


 ルーファスに周辺地図を渡すと、リリは後部座席に回った。

 テーブル席に座って優雅にティータイムを楽しむ。本日の紅茶のお供はレアチーズケーキだ。

 北海道からお取り寄せしておいた、とっておきのケーキを堪能する。


「ん、美味しい。やっぱり牧場直送のレアチーズケーキは格別ね」

『何これ何これ。知らない味! でも、おいしー! とろけそう!』

「ふふ。ナイトもチーズが好きなの? シオンおばあさまも大好物だったのよ」

『シオンさま、好きそう!』


 黒猫の口元についたクリームを拭ってやる。慌ててぺろぺろと舐めて誤魔化す姿が愛らしい。

 魔素が身体中を巡っているせいか、最近とてもお腹が空く。


「もうひとつだけ、食べちゃおうかしら?」


 テレビ電話で会話している従兄が最近はとても顔色がいいと褒めてくれたくらい、元気になっているのだ。


『あ、リリずるい! ボクも欲しい』

「じゃあ、半分こね。はい、どうぞ。あーん?」

『あー……むっ! おいしい!』


 和気藹々とティータイムを楽しんでいると、前方から恨めしそうな声が響いてきた。


「ふたりともズルいぞ。俺も菓子を食いたい。リリィにあーんってしてほしい!」

「仕方ないですね。特別ですよ?」


 よそ見をされて事故ったら困る。

 キャンピングカーは結界で無事だとしても、中の人間──特にリリが衝撃で怪我をしないとも限らないのだ。

 渋々、助手席へ戻り、一口サイズに切り分けたチーズケーキを運転する男の口元に運んでやった。


「はい、どうぞ」

「違うぞ、リリィ。そこは、あーん、だ」

「…………あーん」

「あーん。むっ、たしかに旨いな、この不思議な食感の菓子!」


 レアチーズケーキはドラゴンの口にも合ったらしい。うまいうまい、とご機嫌で一切れ残らず食べてしまった。


「ああ……せっかく取り寄せたお菓子が……」


 フォークで刺したケーキを口元に運ぶと、ぱかっと開く大口が面白くて、つい親鳥のように食べさせてしまったのだ。

 まぁ、仕方ない。運転のお礼として、ドラゴンに献上したと考えよう。運転を代わってもらえたことにより、自由時間が増えたのだ。

 後部座席でのんびり読書を楽しむことにしよう。

 宅配ボックスに届いていたレシピ本を眺めているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。



◆◇◆



『リリ、もう夕方だよ。起きて』


 柔らかな肉球に頬を揉みしだかれて、幸せな気分のまま目を開けた。

 寝惚けたふりをして頬をすり寄せて、香ばしい匂いを堪能する。肉球すばらしい。ポップコーンの匂いがする。


 いつの間にかキャンピングカーは停車していた。現在地が何処だかは分からないけれど、三時間ほど運転を任せてしまっていたようだ。

 ずっと座りっぱなしで疲れたのだろう。外に出て、背を伸ばしている赤毛の男に声を掛けた。


「ルーファス、ありがとう。おかげでゆっくり休むことができたわ」

「ふ、そうか。顔色も随分と良くなった。あとはもう少し食べなければな」

「んー。これでも、以前よりかなり食べるようになったのですよ?」


 三分の一人前しか食べれなかったのに、今はちゃんと一人前をきっちり完食できているのだ。


(まぁ、まだ折れそうに細いけれど)


 リリはほっそりとした自分の二の腕を見下ろして、嘆息する。

 

「うん、食べよう。お肉。異世界のお肉をたくさん食べれば、きっと元気になるはず」

『そうそう。その意気だよ、リリ。ボクも手伝うから、今日のご飯を作ろう!』


 尻尾をぴんと立てて、すりすりと懐いてくる黒猫を撫でてやる。


「助かるわ。じゃあ、お家を用意するわね」


 ストレージバングルから魔法のトランクを取り出す。


「マイホーム、展開」


 ここは道なき平原。

 場所を気にする必要もないなので、その場にトランクを置いて、魔法の家を呼び出した。


「ほぅ。懐かしいな」


 瞳を細めるルーファス。

 かつて、友人だったシオンおばあさまが招いたことがあるのかもしれない。


「どうぞ、我が家へ」

「ありがとう。お邪魔するよ、リリィ」


 魔法のホームへ招いた、初めてのお客さまだ。

 運転のお礼に、美味しいディナーをご馳走しなくては。


「ルーファスはソファに座って、待っていて」

『ボクは?』

「ナイトにはお手伝いをお願い」

『任せて!』


 全身を生活魔法の【洗浄ウォッシュ】で綺麗にして、エプロンを装着した。

 今夜のメニューはもう決めてある。


「異世界肉の合挽ハンバーグを作ります」




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