第7話 スキルと魔法


「異世界は日本と違って、危険がいっぱい。転移する前には、必ずスキルと魔法を取得しましょう」


 手帳に書かれた自分への手紙を読んで、くすりと笑う。

 魔法のトランクを開いて、中からスクロールを取り出した。【鑑定】のスクロールは先ほど使ってしまったので、残りは二つ。

 スクロールとはダンジョンの最下層で手に入るお宝で、スキルや魔法を後天的に得ることができる魔法の書とのこと。

 紐解く前に【鑑定】してみると、【翻訳】スキルと【生活魔法】のスクロールだと分かった。


「翻訳……ああ、そうか。異世界だもの、それは必須ね。生活魔法が謎。家事能力が上がる魔法?」


 詳細が分からないのは仕方ない。

 この【鑑定】スキル、使用者の知識量に比例する能力らしいのだ。

 もっと詳しく内容を知りたければ、異世界の書物を読み漁る必要がある。

 速読は得意なので、そのうち挑戦しよう。


 ともあれ、スキルと魔法を手に入れなくては。

 スクロールの紐をほどいて、まずは【翻訳】スキルを、続いて【生活魔法】を得る。


『スクロールを解放。翻訳スキル、生活魔法取得』


 脳内アナウンスにより、新たな能力を手に入れたことを知る。


「使い方が自然と分かるのは便利かも」


 曽祖父の書斎に向かい、ドイツ語の本を手に取る。ページをめくって確認してみたが、どれも母国語と変わらぬ理解力で頭に入ってきた。すごい。

 外国語の動画で確認してみたが、話し言葉はそのまま日本語で聞こえた。

 映画の吹き替え(CV本人)を眺めているような、妙な気分だが、便利なのは確かだ。


「生活魔法は、多岐にわたるのね。とても便利」


 あいにく魔力量がゼロなので試すことはできないが、異世界での一人暮らしにはとても便利な魔法だった。


「スキルは魔力を使わない。……危なかった。鑑定スキルよりも先に生活魔法を取得していたら、うっかり魔法を試していたかもしれない」


 魔力量がゼロからマイナスになったら、どうなっていたのだろう。

 卒倒するくらいならまだマシで、もしかしたら命を落としていたかもしれないのだ。


「慎重に行動をしなくてはいけないわね」


 あらためて気を引き締めた。



◆◇◆



 すっかり遅くなった昼食を簡単に済ませると、リリは再び曾祖母の部屋に向かった。

 ゆったりとした部屋着のワンピースから、動きやすい服装に着替えて。


「おばあさまの手帳には、まずは魔法のトランクの充電が必須、とある」


 充電、とは分かりやすくこちらの言葉で伝えたのだろう。

 魔力を充填する必要があるため、あの扉の向こうへトランクを運ばなければならない。


「ショルダーバッグの中にある扉の鍵を右に回すと、安全地帯に繋がる……」


 手帳にはそう記されていた。

 ついでに異世界へ行く前にはスキルと魔法の取得のほか、ジュエリーボックス内の魔道具を装着すること、とある。


魔道具マジックアイテム?」


 魔法のトランクに入っていたジュエリーボックスはライティングデスクに無造作に放置していた。

 そんな大事な物だとは思わなかった。

 ついでにショルダーバッグを鑑定してみると、『アイテムバッグ(収納容量荷馬車十台分、重量軽減付与、時間遅延機能付)』と読み取れた。


「魔法の鞄だ……」


 荷馬車十台分が収納できるらしい。重さも感じないのはありがたい。

 時間遅延機能とは何だろう?


「じゃあ、もしかしてこれも?」


 ショルダーバッグと一緒にトランクに入っていたシルバーのバングル。

 鑑定してみると『ストレージバングル(収納容量荷馬車二台分、重量軽減付与、時間停止機能付)』とあった。


「こっちは魔法の腕輪だった。バングルの方が収納容量は少なめで、収納物の時間が停止する?」


 そういえば、以前に読んだファンタジー小説に似たような魔法の鞄の話があった。


「食料を収納しても、中の時間が止まっているから腐らないって設定だったような」


 それはとても便利なアイテムだ。

 異世界へ移住するにしても、日本の食べ物は持参する予定なので。


「おばあさま、ありがとう。大切に使いますね」


 さっそくストレージバングルを左の手首に嵌めてみる。華奢な手首とサイズが合わなさそうだったのに、なぜかぴったりと装着できた。


「ええと、とりあえずはこのトランクを……収納?」


 バングルをトランクに近付けて、そう呟くと、しゅるりと吸い込まれるようにして収納された。

 

「すごい。魔法だ」


 面白くなって、そこらにある物をどんどん収納してみた。ショルダーバッグにも試しに収納する。

 収納したい物を押し込む必要はなく、片手で触れてアイテムバッグを近付けるだけで、するっと仕舞うことができた。


「便利。あんなにたくさん入れたのに、重さも特に増えていない」


 わくわくした気分のまま、ジュエリーボックスを手にした。そっとボックスの蓋を開けてみる。


「指輪とブローチに、ネックレス。どれも素敵」


 鑑定しながら、ひとつひとつ装着していく。

 虹色に輝くオパールに似た宝石のブローチは『結界の魔道具』。悪意を持った攻撃を弾いてくれる。

 琥珀色の指輪は『雷属性魔法の魔道具』だ。

 よく見ると、タイガーアイにそっくりの綺麗な宝石付きで、これは雷撃を百発は撃てる攻撃用の魔道具らしい。

 

「ネックレスは『身体強化』の魔道具。体力、腕力が十倍になる。……これ、何気にすごいのでは?」


 体力も腕力も不足しているリリには一番嬉しい魔道具かもしれない。


「魔道具は魔力があらかじめ補填されてあるから、装着者の魔力を奪うことがない。……良かった。これなら、私でも使えそう」


 曾祖母の手帳の注意書きを読み上げて、ほっとする。


「あとは食料と飲み物をストレージバングルに収納しておけば、準備は万端」


 持ち込むのは簡単な軽食でいい。

 飲み物だけは拘りたいので、紅茶缶とインスタントのココアにコーヒーとミネラルウォーターのペットボトルを箱ごと収納する。

 クッキーにマドレーヌ、チョコレートは忘れずに。収納しておけば溶けないのなら、アイスクリームも入れておこう。

 お菓子の他は、軽く食べられる物をチョイスする。インスタントのスープセットにパスタとソース、冷凍パンケーキ、缶詰など。

 パントリーの中身を次々とストレージバングルに収納していく。


「……どうしよう、楽しい」


 もしかして、これが遠足の前日の子供の気持ちなのだろうか。

 

「遠足、参加したことがなかったから、これが初めての遠出かも」


 遠足もキャンプも修学旅行も欠席したので、お弁当やおやつを持参したお出掛けは初めてだ。

 

「異世界へ繋がるドアの鍵は持った。鍵穴にさしこんで、右へ回すと世界が繋がる」


 手帳に書かれていた内容を呪文のように復唱する。間違えないように気を付けなくては。

 ショルダーバッグを肩に下げて、いざ異世界へ。

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