第41話 誓いと出立
興奮冷めやらぬのは、苗字を同じくした高塔密流くんと高塔秘だ。
炬燵会議は続いていた。
「もしさ、オレのうちにきたら、狭いけどね。十六歳の樹と十四歳の葉の義理の兄が二人、それから十歳の稲と義理の妹ができるな。芳野のお母さんと義理でもいいから上手くやれたらいいんだけど」
うちは弟妹が多い。
女々しいと長兄であるオレを呼ぶけれど、他人でもないから、遠慮もないことを言えるのだろう。
部屋は狭いが賑やかだ。
密流くんは一人っ子のようだから、馴染んでくれたらいいな。
「ママは変えたくないんだけど」
おでこが曇り空の密流くんが呟いた。
ご機嫌がよろしくないのか。
ずっと元気でいた密流くんも疲れたのだろうね。
「ママも連れてきます? 同居もありだよ」
密流にそっくりなママにもお会いしたい。
綺麗な人だろうな。
いや、浮気は否定する。
密流くんにしては、遠慮がちだな。
「ママの蒼星は、生まれたときは生綿蒼星だったんだ。二十五歳で、まほろば大学で出会った東風大和と結婚し、東風蒼星となって僕を産んでくれたんだ。僕が十二歳のとき、澄青創と子連れで再婚し、澄青蒼星となったんだよね」
「ママも一生懸命だったんだね」
パパの東風大和さんはどうしたのか、知りたいけど、聞けないよね。
「だから、僕は、東風密流、澄青密流、高塔密流になる訳よ」
「密流くんに、高塔は、相応しい苗字だと思うよ。もう透明の子だとか思わないで」
密流くんはどっと疲れた笑顔をくれた。
「……高塔さんちで仲良くする。ママは連れて行けないけど」
ママは澄青の家にいるのかな。
お義父さんとの関係もあるし、難しいだろね。
「火星城にいる限り、地球でのしがらみは捨てていいよ」
オレが背中をぽんと叩く。
「うりゅ。なかったことにはできないよ。けどさ、時をとめられないかな。あの雨の日に高塔さんが自転車で転んだときまで。僕はゴールドパスを手に入れて間もないときだったんだ」
四枚のゴールドパスが揃ったんだ。
いつかは、四葉のクローバーみたいに合わせなければならない。
お別れはしたくないのに。
「ゴールドパスを得たリゾート地からあの駅前まで近かったの?」
歩いてきた感じだったからな。
密流くんは、炬燵に手を入れて、遠い目をしていた。
「心に雨がザーザーと降っていたんだよね。時の方、つまりは神原来世から受け取ったとき、あれは心の海だったのかな……。本当は、家出して間もなく、僕も悲し過ぎて朝焼けの海に入って行ったんだ」
まさか!
オレは肝を冷やした。
「膝に押し寄せる波が寄せたかと思うと引くとき、砂をもさらって行ったよ。もっと、あの沖へ出て行ったら……。オシマイの世界が待っているとぼんやり考えていた」
いつになく、明るさを欠いた密流くんが炬燵へと顔を埋めた。
涙を隠したのか。
「深く入って行かないよな? オレとすれ違ってしまうだろう?」
「もしもしって、声をかけられた。人間じゃないけどね」
「人間じゃない?」
焔灼とか、メンドクサイのを思い出していた。
いまや猫だけど。
「時計城の映像で名前を知ったけど、姫ちゃんだったよ。神原来世の愛犬なんでしょう。ガウガウって吠えまくられて、僕の意識がはっとしたんだ。家出なら帰ることができるけど、海に入ったらオシマイだって」
「よかった……」
彼の疲れで流れる涙を炬燵が含んでいた。
「スン……。スンスン……」
すすり泣く密流くんをゆっくり横にした。
結局オレの布団となる訳だが。
「密流くん、そろそろお休みする?」
「うりゅ。言いたくなかったけど、やっぱ疲れた」
十三歳の素顔が、安らぎを求めていた。
「大丈夫だから」
「高塔さん――! うあああああん……」
全力で甘えてくるのは、深い寂しさからなんだね。
頭をすりっと撫でた。
「明日も美味しいもの食べようよ。楽しく過ごそうね」
「うううううう……」
布団で添い寝していると、密流くんが顔を起こした。
「僕に誓ってほしいな」
「どうしたの」
「だから、僕に誓ってほしいなって」
おでことおでこをくっつけた。
「永遠を誓おう」
恥ずかしいんですが。
密流くんの気持ちを満たせたようだ。
お互いにはしゃぐこともなく、手を繋いで眠った。
「うううん」
オレは、眠った後、夢を見ていた。
寝言で口が忙しい。
「密流くんが笑う。密流くんが拗ねる。密流くんが照れる。密流くんが甘える。密流くんが我儘で暴れる。密流くんが美味しいものを食べる。密流くんが誤解する。密流くんがオレにキスをする。密流くんがオレにハグをする。密流くんがはしゃいで駆ける。密流くんが水平線に釘付けになる。密流くんが扉を間違える。密流くんが背中で助けを求める」
ぶつぶつ。
大切なことは、ぶつぶつ。
「――密流くんが幸せになる!」
数え切れない密流くんがいた。
寝言は長くなかったと思う。
自分でも驚く程の密流くんの登場が印象的だった。
布団から出ないで、隣の彼が起きるのを待つ。
睫毛長いなとか思ったりしてないよ。
「おはよう。よく眠れた? 火星城の外へ出てみようか」
「じゃじゃじゃーん、おはよう」
んーと、伸びをするのに時間がかかっている。
お子様な密流くんが可愛いかった。
「うりゅ? 城外に遊園地とかないよね」
「山や川に海もあるかも知れないよ。探検する?」
細い顎に手を当ててロダンな密流くんになっていた。
まほろば大学にもある銅像だな。
「僕は、昨日の話で海の怖いことを思い出しちゃった。時計城では、渚ではしゃげたけどさ」
「辛かったから、無理ってことかな」
布団から出て、円舞曲を踊り出した。
慣れたようで意外性の密流くんには不思議が沢山あるな。
「拍手、パチパチ!」
「きゃっほーい」
三回転しているし。
「出かけるってことだね」
「荷物なんてない僕達だけど、心の身支度はできたんだ」
山門から出ることにした。
「火星城へはいつでも戻ってこられるから、挨拶はしないよ」
「まったね」
オレ達は、広くてあたたかかった火星城を後にした。
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