7 一年B組の清少納言

第17話

「今日は、みんなに新しいクラスメイトを紹介します」


 赤染先生が言うと、教室にざわめきがおこった。


「さあ、どうぞ入ってきて」


 赤染先生にうながされ、教室に入ってきたのは――。

 十二単をまとった清少納言!


「うわっ、なんだ!?」

「ええっ、どういうこと!?」


 一年B組は大パニックになってしまった。

 そりゃそうだよね。無理もないことで……。


「清少納言と申します。どうぞ、よしなに……」


 みんなの反応なんか気にもとめないで、マイペースに挨拶する清少納言。


「はーい、みんな静かに。ちゃんと説明するから……」

「待ってください、赤染先生。俺から説明します」

「そうね。開発にたずさわった一条くんから説明したほうがいいわね。じゃあ、お願いするわ」


 赤染先生からのバトンタッチを受けて、帝雅が前に出る。

 みんなはようやく静まって、帝雅の話に耳をかたむけた。



     ◆



 話は、昨日の放課後にさかのぼって。

 すっかり陽が落ちて、夜のとばりが下りていた。


「ま、まさか……千年も続いた封印が、よりによって、私の息子の代でやぶられるなんて……」


 事務棟の中にある理事長室――。

 白髪まじりの髪をきれいにセットして、スーツをビシッと着こなした理事長が、床にひざをついてうなだれている。


 わたしと帝雅、霧人先輩、道隆先輩、貴子先輩、そして現代によみがえった清少納言は、ひどくショックを受けている理事長をだまって見下ろしていた。

 親子だからか、うなだれた様子が霧人先輩そっくりで、思わず口元がゆるむわたし。


「親父……すまない……」


 霧人先輩があやまると、理事長は首を横にふって、

「いや、お前があやまることはない。これもまた運命だろう……」

 しぼり出すように言うと、よろよろと立ちあがった。


「清少納言さん。千年も魂を閉じこめられた、あなたの恨みはいかばかりか、私には想像もつきません。しかし、息子は私から陰陽師の力を受けついだばかりで、まだ年若い。どうか、息子だけは見逃していただきたい。うらみは、私だけにぶつけてください……」


 理事長が、観念したように清少納言に頭を下げる。


「あのねえ、ひとを道真みちざねこうか何かと勘違いしてない? そなたたち親子は、復讐だの、うらみだのって……」


 あきれたように言う清少納言は、どこか楽しげだ。


 道真公――平安時代の貴族であり、偉い学者だった菅原すがわらの道真は、出世を争うライバルの策略で大宰府だざいふ(九州の行政機関)に左遷させんされ、そこで死んでしまった。その後、平安京の内裏を落雷や災いが襲い、怨霊となった道真公のたたりだと恐れられたんだ。

 そのため北野天満宮におまつりされ、今では「学問の神さま」として親しまれている。


「理事長は陰陽師として長年、町にはびこる物のはらってきて、今は霧人くんが夜な夜な、がんばっていると……。そんな親子をうらんじゃ、逆にわたしが仏罰を受けてしまうわよ」


 清少納言の言葉で、はたと気づいた。

 そうか。霧人先輩は夜に陰陽師として活動しているから、部室にいるとき、いつも眠そうにしていたんだ……。


「では、お許しいただけると……」


 ほっとした表情になった理事長に、清少納言がニンマリして言う。


「ただし……すべてを水に流すかわりに、理事長には少しばかり骨を折ってもらうわよ」


 わたしの手をぎゅっとにぎる清少納言。


「千年たっても、わたしは中宮さまにお仕えする女房よ。常に中宮さまのおそばにいなければならないわ。わたしを、この学校に入学させなさい」


 ええええええええええっ!?

 どういうことなの――――っ!?



     ◆



 そんなワケで、理事長の権限をつかって、清少納言は一年B組の生徒になったんだ。


「校庭から『枕草子』の原本が見つかったのは、本当にすごいコトだよ。国宝に指定されるかもしれない。だから、この清涼学院を清少納言ゆかりの学校として、全国に名を広めるチャンスなんだ」


 頭のいい帝雅が、スラスラとよどみなく説明していくものだから、みんな圧倒されて、疑問の声をあげる子はいない。

 そこへ、あらかじめ口裏を合わせていた赤染先生も口をはさむ。


「そう。このチャンスを逃す手はないわ。理事長の提案で、RSで開発していたロボットを清少納言仕様にして、学校の宣伝大使をつとめてもらうことになったの。この姿は、3Dホログラムよ」


 みんなが、感心したようにため息をもらした。


「……で、清少納言さんを、このクラスの生徒として迎えることになったんだ。AI搭載で一般常識なんかはマスターしてるけど、みんなと触れあうことでコミュニケーションを覚えて、もっと人間らしくなっていくと思う。ただ……あくまで精密機械だから、不用意にさわったりしないでほしい。それだけはお願いします」


 帝雅が言うと、赤染先生がつづけた。


「そういうコトだから、みんな、清少納言さんを温かく迎えてあげてね」

「はーい」

「スゲー。ロボットのクラスメイトだ!」

「テレビの取材がくるんじゃない?」


 みんな口々に言って騒いでるけど、おおむね歓迎ムードだ。

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