第28話 凛子、亡骸と対面

 一連の事件は、九十九白夜の犯行。しかし、容疑者死亡のため、不起訴処分となり、幕を閉じた。

 幕を閉じた? 被害者の残された家族や、結局のところ、どんな理由が、白夜に舌を噛ませたのか、なぜ、被害者は白夜に抵抗もせず、(勿論、できなかったのかもしえない)殺されてしまったのか、などなど、解決しない問題は、山ほど残された。

 マスコミにとっては、これほど人々の興味を惹く連続殺人事件を取り上げなくて、とうする、と言った感じだったのだろう。しばらくは、テレビやネットのニュース、新聞や雑誌を賑わせ、そのほとんどには、『口をきかぬ絶世の美女、その実態は、恐ろしい殺人鬼!』とか、『口を閉ざした美魔女、何が彼女に舌を噛ませたか!』とか、多くの人が飛びつきそうな見出しが付けられ、僕は嫌でも、白夜の写真を幾度となく見ることとなった。

 町を歩けば、電車に乗れば、誰かが必ず事件の話をしているのが耳に入り、それがまた、事実など解らない噂話に過ぎないから、白夜について、被害者となった、たとえば山口について、勝手に作りあげられた人間像を面白がり、不気味がり、最低と罵り、美人になら殺されたいと興奮し……

 僕は、自分の耳が聞こえなくなればいいと、本気で願った。

 さらに、美しい白夜の写真をこんな形で幾度も見せられるくらいなら、いっそ目だって、見えなくなってしまえばいいとも思った。

 耳が聞こえ、目が見え、口がきけるのは、実に幸せなことであるはずなのに、身体の一部である、耳や目や口が、この世の醜さだけを捕らえるのなら、心だけで、僅かにでも残された美しい部分だけを捕らえていたいと、願った。

 僕がそれでも、なんとか醜い世間の中に踏み留まれたのは、凛子の存在があったからだ。

 事件を知り、山口の亡骸と対面した凛子は、無言で立ち尽くした。

 遺体は解剖に回された後、親族に引き取ってもらう運びだった。

 僕は、ようやくその時になって、山口の語っていた意味を知った。

 山口には、施設で暮らす父親が存在したが、ずいぶん前に、脳溢血で倒れてから寝たきりで、今はもう、なにも理解できないであろうという話だった。

 母親はいない。兄弟もいない。そこで僕は、

「婚約者がいます。僕は山口の親友ですが、彼女も僕の知り合いです。亡骸は、彼女が引き取りたいと言うでしょう」

 と、口を挟んだ。

 そして、凛子がやって来た。

 しばらく無言で立っていた凛子は、

「おかしいと思ったのよ」

 と小さな声で言う。泣きもしないで。むしろ、笑っているようだった。

「え?」

 聞き返す僕に語るでもなく、凛子はコロコロと言葉を吐いた。

「おかしいと思ったの。だって。この私の乗った新幹線を、二人で追いかけたりしたでしょう? とてもいい気分だったわ。もてもて~って。そこよ。そこがまず、おかしいと思ったの! だって、私に似合わないじゃない?」

「そんなことないよ。凛子はもてるよ」

「それにね、山口のトオルくん。あの時、本当に真剣に新幹線を追い掛けて、叫んだのよ! なんて叫んだか、私聞いたもの!」

 僕にはよく、意味がわからない。

「さ・よ・な・ら。そう叫んだわ!」

「そんなの……」

 僕は、新幹線に乗ってる凛子に、聞こえるはずないよ! と、まともに反論しようとして、やめた。

 きっと、山口は、そう叫び、凛子にはそれが聞こえた、というほうが、全然科学的でなく、理論的でもないけれど、真実だと思えたから。

「そんなことも……あったかも」

 僕は曖昧にそう告げた。

「更によ! 山口透ったら、めちゃめちゃきざなメール、くれたのよ。これはおかしい。なんだか全部、ドラマチック過ぎるなって……やばーい感じが忍び寄ってた。もう! ホントに後少しで、私の最高の幸せ、手に入る気がしてた。でもそれが、かえって怖くて。きっと、すり抜けて、去ってしまう。そんな気がしてた。すぐ側まで来ていた幸せが、不幸に変わってしまうって……そういう嫌な予感がした」

「うーん。誰だって、そういうとこ、あるけど……」

「嫌よねー。私、幸薄い感じ? そんなことないって、自信持ちたかったのよ。それなのに、ほら、悲惨なことになっちゃったわ。それも、それもよ。白夜さんが犯人って! 私、白夜さんなんて、知らない。会った経験もない。なのに。なぜだかどうしても、恨むことすらできないのよ」

「……うん」

「この、どうしようもない思い、いったいどこにぶつけたらいいのよ! ねえ」

「ねえ、と言われても、僕はもっと、どうしようもない」

「ねえ、谷口くん。二人で、〝透〟を偲ぶ会、しましょうよ」

 凛子は僕を、〝徹〟とは呼ばなかった。

 でも、僕を見た凛子は、本当に素敵な笑顔を浮かべていた。

 それが凛子だったからでは、たぶんないのだけれど、それこそ、この世の者とは思えないほど綺麗で、今までのいつより、彼女の笑顔に不思議と胸の痛みを覚え、眩暈がして、倒れそうになった。

 

                             つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る