第4話 「心の揺らぎ」

菜月との出会いから数週間が過ぎた。俺は日々の修行に励みながら、彼女との交流を通じて少しずつ変わっていく自分を感じていた。これまで孤独こそが俺の強さの源だと思っていたが、菜月と過ごす時間が増えるにつれて、その考えに疑問を持つようになっていた。


そんなある日のことだ。いつものように山の中で訓練を終えた俺は、帰り道で菜月と出くわした。彼女は笑顔で俺に近づき、手に持っていた小さな花束を差し出した。


「これ、あなたにあげる。」


俺は驚いた。花なんて、これまで誰かから贈られたことなんて一度もなかったからだ。菜月は、俺が戸惑っているのを見て、さらに微笑みを深めた。


「花言葉って知ってる?この花には『癒し』って意味があるんだって。あなた、毎日頑張ってるから、少しでも癒されるといいなって思って。」


俺はその言葉に戸惑いを隠せなかった。これまで誰かに優しさを向けられることなんてなかった俺にとって、それはあまりに新鮮で、どう受け止めればいいのかわからなかったのだ。だが、その瞬間、俺の中で何かが崩れ落ちる音がした気がした。


その夜、俺は眠れなかった。頭の中で菜月の笑顔と「癒し」という言葉が何度も浮かんでは消えた。俺は強くなることだけを考えてきた。それが唯一の生きる意味だと思っていた。だが、彼女の存在がその考えを揺さぶり、俺の中に新たな感情を呼び起こしていた。


「癒し…か。」


俺はその言葉を繰り返し、自分の心に問いかけた。今まで強さを追い求めるあまり、自分を痛めつけてきたことに気づき始めたのだ。孤独を力に変えてきたつもりだったが、その代償として失ってきたものがあるのではないか、と。


次の日、俺は老人に相談した。これまで自分の心の中で渦巻いていた疑問や、菜月との出会いによって生じた変化について、正直に話した。


老人は静かに俺の話を聞いた後、こう言った。「強さというのは、ただ肉体を鍛えることだけではない。心を育てることもまた、強さに繋がるのだよ。君が今感じている揺らぎは、成長の証だ。恐れずにそれを受け入れなさい。」


俺はその言葉に救われた気がした。これまでの俺は、強さを求めることが正義だと信じて疑わなかった。だが、それだけでは本当の意味での強さは手に入らないのだと気づき始めたのだ。


そして、俺は決心した。これからも修行を続けるが、同時に心の強さも育てていくことを目標にしよう、と。菜月が俺に見せてくれた優しさ、それを拒むのではなく受け入れてみようと思った。


そんなある日、菜月が俺に珍しく真剣な顔で話しかけてきた。「あなた、これからどうするの?この山を降りた後のこと、考えてる?」


俺はその問いに一瞬戸惑った。これまでの俺なら、ただ強くなり続けることだけを考えていただろう。だが、今の俺には答えが見つからなかった。何を求めているのか、自分でもわからなくなっていたからだ。


「正直、まだわからない。でも、もう一度自分を見つめ直してみようと思っている。」


菜月は俺の答えに満足したように微笑み、「それが正しい道だと思うよ」と言った。その笑顔は、俺の中の迷いを少しだけ晴らしてくれた。


俺はまだ答えを探している途中だ。しかし、菜月との出会いを通じて、俺は新たな強さを手に入れようとしている。それは、孤独から生まれる強さではなく、心の平穏と優しさから得られるものだ。

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