第5話

 ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ……


「この音は……?」


 騎士団員の怒号と犬の声をかき消すように、我が愛馬を狭い路地裏を走らせる。

 前方に倒れた騎士団員と偽聖女の姿を見つけた。揉み遅れなかったようだ。


「追い詰めたぞ、偽聖女アリシア! ここが貴様の墓場だ! お前達、用意せよ!」

「「「ははっ!」」」


 部下達の報告で偽聖女がすでに国宝を使っているのは分かっている。

 女の足で素速い逃げ足を可能にしているのは歩王の靴で間違いない。

 引き連れた部下達に素早く命じた。

 路地裏を包囲した騎乗した部下達が一斉に民家から奪ったシーツをバッと広げた。物干し竿に結んだシーツを高い位置で広げた。屋根裏に上がっていた部下達も空を隠すように広げた。

 これで偽聖女の目に映る世界はシーツと壁だけになった。


「これで貴様は箱の中の鳥だ」


 籠だと逃げられるからな。それに箱だからこそ出来ることがある。さらに部下達に命じた。


「煙幕弾用意いいい! 全員放てえええ!」

「「「ははっ!」」」

 

 シーツ箱の中に四方八方、空からも次々に筒型の煙幕弾が投げ込まれていく。

 煙幕弾が白い煙を吐き出し、箱の中に煙が充満していく。

 こほぉ、こほぉ、と偽聖女が咳き込む声が聞こえてきた。

 本当なら唐辛子を含ませた唐辛子煙幕弾を使いたかったが、揉み遅れるわけにはいかない。

 それに視界をほぼ完全に塞ぐことには成功している。

 目を開けられないほどの痛みを与える必要もないだろう。


「我はドエスダ国第一騎士団長イッパツだ! これよりお前を捕縛する! お前達は動くな。私が捕まえる」

「「「ははっ!」」」


 愛馬から降りると煙の向こうの見えぬ偽聖女に言い放って、部下達に来るなと命じた。

 一番揉みは誰にも渡さない。この煙の中だ、俺が偽聖女に何をやっても部下達には見えない。

 さて、たっぷりと身体の隅々まで調べてさせてもらうか。


 煙の中を大盾を構えて慎重に進んでいく。

 一番揉みに行って、一番刺しに遭ったら目も当てられない。

 偽聖女を見つけた時に部下が倒れていた。おそらくは妖精王の魔法針で間違いない。

 あの木針は鉄鎧さえも通り抜けて攻撃できる反則的な武器だ。


「クッククク!」


 そして、反則的な武器——国宝は他にもある。

 白い煙の中に人の形にポッカリ空いた空間が出来ている。

 おそらく『透明マント』で姿を隠しているのだろうが、俺の目にはハッキリと見えている。

 そこにいるんだろう?


「くっ、何処だ! 何処にいる!」


 だが、あえて見えているが見えていないフリで近づいていく。

 こうすれば油断しきっている偽聖女から簡単に透明マントを剥ぎ取ることが出来る。

 凄い国宝を奪って無敵になったつもりでいるなら残念だったな。


「俺は王子のように騙されはせんぞ!」

「きゃっあ!」


 素早く腕を伸ばして透明マントを掴むと一気に引き剥がした。

 国宝相手に乱暴な真似をしてしまったが、これは国宝を取り戻す必要な最小限の損害だった……

 そう国王には報告しておけば問題ない。煙の中から予想通り偽聖女が悲鳴を上げて現れた。

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