第10話 担任、紹介

「みんな、席についてください」


その声は、まるで教室を満たす微風のように穏やかだった。いつの間にか教卓の前に立っていたのは、一人の男性。歳は五十代半ばだろうか。温厚で物腰が柔らかく、口元には常に穏やかな微笑みを浮かべている。しかし、その深い瑠璃色の瞳の奥には、あらゆる事象を見透かすかのような深い知恵と、計り知れない経験の重みが宿っていた。教室のざわめきが、彼の声一つで嘘のように収まっていく。


「今日からこのクラスの担任になりました、アスランです。皆さんと共に、学び、成長していけることを楽しみにしています。どうぞ、よろしくお願いします。」


アスラン先生の視線が、一人ひとりの生徒を優しく、しかし確実に捉える。その視線に、俺は体の奥底が震えるような感覚を覚えた。雷神龍の託宣が、現実味を帯びていく。


「それでは、まずは皆さんの自己紹介から始めましょうか。隣の人から順番に、簡単な自己紹介をお願いします。」


静かに始まった自己紹介。トップバッターは、俺の隣に座っていたライナだった。


「は、はい!えっと、ライナです!ちっちゃい頃からちょこまか動くのが好きで、元気だけが取り柄です!みんなと仲良くなりたいので、よろしくお願いします!」


ライナは顔を真っ赤にして、やや早口に、しかし一生懸命に自己紹介を終えた。その動きは、まさに小動物が跳ねるかのようだ。


次に立ち上がったのは、長身のフーラ。彼女は一瞬、俺とライナにちらりと視線を向けた後、姿勢を正した。


「フーラです。……よろしくお願いします。」


簡潔な言葉に、クールな雰囲気が漂う。だが、その声には微かに緊張の色が見え隠れしていた。ライナのような素直な表現ができない、彼女なりの照れなのだろうか。


やんちゃそうな笑みを浮かべたライガが、椅子を蹴るように立ち上がる。


「ライガだ!強い奴と戦いてぇから、てめぇら覚悟しとけよ!よろしくな!」


挑発的な言葉と、獲物を狙う虎のような釣り目が、クラスの空気を一変させる。その隣で、姉御肌のキーナが小さくため息をついた。


「キーナです。こいつはバカだけど、根はいい奴なんで、よろしく頼むわね。」


キーナはライガの頭を軽く叩きながら、俺たちをちらりと見やった。その猫目には、どこか警戒の色が宿っているように感じられた。


それぞれの自己紹介が進むにつれて、クラスの空気は少しずつ変化していく。おっとりとしたシンラは、柔らかい声で動物の話を交えながら自己紹介し、文学少女のようなリュッカは、小さな声で言葉を選びながら、その澄んだ瞳を伏せた。誰とでも仲良くなれそうなトーキは、ニコニコしながらもどこか抜け目ない笑顔で自己紹介を終え、クールなジンカは、簡潔に自分の名を告げるのみ。陽気なレイカは、場を明るくするムードメーカーとして、大きな声で皆に挨拶した。表情の乏しいジンは、一言二言で自己紹介を済ませ、誰とも目を合わせようとしない。そして、委員長然としたハクは、澱みない言葉で自己紹介を終え、クラス全体を見渡すような鋭い視線を向けた。最後に、不思議な雰囲気を纏うナナは、そこにいるのかいないのか分からないほど静かに立ち上がり、ぼんやりとした視線を漂わせたまま、短い言葉で自己紹介を終えた。


全員の自己紹介が終わると、アスラン先生はゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます。皆さんの個性がよく分かりました。」


先生は教卓に手を置き、静かに語り始めた。その声は、先ほどまでの穏やかさとは異なり、深淵の響きを帯びていた。教室の空気が、張り詰めていく。


「君たちは、この世界を護る『器』として、はるか神界より集められるよう指令があり、ここに集められています。それぞれ、何かしら心当たりがあるのではないかと思いますが……?」


アスラン先生の視線が、まるで魂の奥底を見透かすかのように、一人ひとりの瞳を射抜いていく。誰もが口を開かない。しかし、その表情には、微かな動揺や、あるいは諦めのような色が見て取れる。皆、知っていたのだ。自分たちが「普通」ではないことを。


「あなたたちは、これからこの世界に訪れる『変革』の中で、極めて重要な役割を担うことになります。それは、想像を絶する困難と、重い責任を伴うでしょう。」


先生の言葉は、まるで未来を予見するような重みを持っていた。


「ここで切磋琢磨し、それぞれが自身の能力と精神を高め合い、『五行十三支』としての真の力を発揮できるよう、私が指導していきます。」


そして、アスラン先生は、その口元に再び穏やかな笑みを浮かべた。だが、その笑みは、先ほどよりもはるかに深い意味を帯びているように感じられた。


「ちなみに、私自身も『ワイドスプレッド』の『金』です。そして、私の相棒はビャッカ。」


先生がポンと教卓を叩くと、まるで空間が歪むかのように、彼の足元からゆっくりと姿を現したのは、巨大な亀のような生物だった。その甲羅は鈍い金色に輝き、岩のようにごつごつとしている。瞳は古木の幹のような深緑色で、どこか達観した知性を宿している。その巨体は、わずかな振動で教室の床を揺らしたが、不思議と威圧感はなく、むしろ周囲を包み込むような安定感があった。


「ビャッカは防御を得意としており、この学園全体を護る結界を、この子が担当しています。だから、みんな安心して勉学に励んで大丈夫ですよ。」


アスラン先生の言葉に、生徒たちは皆、驚きと感嘆の声を上げた。この学園の巨大な結界が、目の前の亀のような生物によって維持されているとは。そして、その亀を従えるアスラン先生の「金」という階級。それは、彼がこの世界の頂点に立つ、選ばれし魔術師であることを示している。彼がただの温厚な老賢者ではない、計り知れない実力者であることに、誰もが気づかされた瞬間だった。


「さて、座学はこのくらいにして、この後は皆さんのそれぞれの能力を見せていただきたい。グラウンドへ向かいましょうか。」


アスラン先生は、生徒たちを促すように、穏やかな声で言った。彼の言葉は、まるで新たな時代の幕開けを告げる号令のように、俺の胸に響いた。


(いよいよ、始まるんだ……!)


仲間たちとの出会い。互いを探り合う視線。そして、世界の命運をかけた戦い。俺は、高鳴る胸を抑えながら、グラウンドへと足を踏み出した。

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