第13話 拉致
そこは、平和な村だった。
穀倉地帯の一つを担う人々が住まっており、『農家』のジョブに就いた人々が、日々農作業に従事している。
そんな平和な村。
そこに一人の少年が住まっていた。
「はぁ。農家になんて成りたくねえな」
彼は年頃の少年らしく、冒険者に憧れていた。
そして同時に、自分が将来就くことになるだろう農家というジョブにうんざりしていた。
土いじりの何が楽しいのだろうか。
そんなことよりも、プレイヤーたちのようにモンスターをバッタバッタと斬り捨てていきたい。
そのために彼は、暇さえあれば木剣を振るっていた。
「将来は『剣聖』になるんだ!」
そんな無謀なことを言う彼を、周囲の大人たちは誰も止めない。
あの年頃の子供たちならばよくあることだと考えているからだ。
「こんなつまらない村なんて、出て行ってやる!」
年頃の少年にありがちな、非日常への憧れ。
だから彼は知らなかった。
この日常がどれだけ有難いことなのか。
その日常がどれだけ脆いものの上に成り立っているか。
「動くな! 抵抗しなければ、傷はつけない!」
その連中はいきなりやってきた。
いきなりやってきて、村人たちを一か所に集めた。
抵抗しようとした者もいた。
そんなものも、電流を喰らって倒れ伏した。
「安心しろ。死ぬような電圧じゃない」
何処が安心できるというのか。
それで彼らは委縮してしまった。
村を守るはずの衛兵たちですら、いや彼らだからこそ彼我の実力差が如実に理解できてしまった。
下手に抵抗すれば、瞬く間に皆殺しにされるということが理解できてしまった。
その脅威が自然と伝わったのだろう。
村人たちは不安げな顔で、村の中央広場へと集まっていった。
ただ一人を除いて。
「みんなを離せ!」
少年だった。
木剣を手に、プレイヤーと思わしき男に切りかかる。
長年素振りに使ってきた剣だ。
この剣を彼は信頼していた。
そして自分の事も。
毎日欠かさず努力してきた。
村から抜け出すために。
けれど彼は村のみんなが好きだった。
鍛錬をしていると、近くで取れた木の実を差し出してくれる子供たちも。
弱めの魔物を討伐すると、その肉を振る舞ってくれる狩人も。
暇を見て剣を教えてくれる衛兵も。
そして自分の夢を笑わないでいてくれる農家の両親も。
だから立ち上がって、切りかかった。
村の皆を守るために。
そしてその斬撃は。
「ジョブにもついていない子供か」
あっさりと受け止められた。
そして返す刀で、木剣をへし折られた。
「なっ!」
腹部に軽く触れられる。
それだけで体が吹っ飛んでいく。
「げほっ、ごほっ……!」
血の混じった吐しゃ物をまき散らす子供。
「抵抗をするなと言ったろ。俺たちはこれから先に訪れるであろう、この世界を襲う悲劇を食い止めるために戦っているんだ。つまり正義の行いだ。そんな正しい俺たちが君たちを殺すわけがないだろうが」
「な、にが正義だ! 頭のおかしい連中め!」
「腕の一本や二本なら切り落としても構わないか?」
「やれるもんならやってみろよ!! 村の皆を怯えさせやがって! 意味の分かんない理屈で人を傷つけやがって!」
「はぁ。NPCに理解してもらおうなんて思っていないが、流石に腹立たしいな」
「もういいぜ。こいつはメッセンジャーとして置いていこうじゃねえか」
「俺もイラっと来たから、腕の一本はもらってこうぜ」
そして村人たちを連れて彼らは去っていた。
残ったのは腕を切り落とされ、意識を失った少年だった。
□
「なんだ、これは」
その村に来てみると、明らかに荒らされていた。
そして広場の中央には、腕を切り落とされた十歳程度の子供が転がっていた。
「おい! 大丈夫か!?」
生命探知に反応はある。
生きてはいるのだろう。
しかし反応は微弱で、今にでも死んでしまいそうだ。
迷わずインベントリから最高級ポーション——一本一千万ガド――を取り出して、子供に飲ませる。
切り落とされた腕も数か月かけて徐々に生えていくような代物だ。
少年はゆっくりと目を覚ました。
「大丈夫か!? 何があった!? ユニークスの襲撃か?」
「助けて、くれ」
「ああ、大丈夫だ。助けに来たぞ!」
「違う……、村の皆を助けてくれ……」
「なに?」
少年はたどたどしい口調で、説明をしてくれた。
急にプレイヤーが襲い掛かってきたこと。
力及ばずに敗れたこと。
そして村人が連れ去られたこと。
「そいつらは、何て?」
「近くの要塞で待っているって……! 指定通りの時間に、一人で来ないと、一人ずつ殺していくって……!」
やったのは誰かを聞くまでもない。
あのアンチスレ連合の連中だ。
「なあ、頼むよ!! 俺にできることなら何でもする!! 村の皆を助けてくれよ!!」
「分かった。必ず助ける」
何故、彼らがこんな目に遭わなくてはならないのか。
何故、彼らが傷つけられなくてはならないのか。
答えは決まっている。
俺のせい?
それも少なからずあるだろう。
しかし本質は。
「皆殺しにしてやる」
奴らが醜悪だからだ。
□
「ねえ、お母さん。いつになったらここを出られるの?」
「ごめんね、ごめんね……!」
母親は答えられない。
誰にも分からないのだ。
何故連れ去れたのかも。
いつ解放されるのかも。
そして、いつ殺されてしまうのかも。
「大丈夫だからね。きっと誰かが助けに来てくれるからね」
だからそんな、意味もない慰めを口にするしかなかった。
そんなわけがないと分かっているのに。
それでも子供の不安を和らげるために、そんな言葉を口にするしかなかった。
来るはずのない救援を待ち続ける子供。
ソレを子供に信じ込ませる親。
どちらが悲惨だろうか。
少なくとも確実なことがある。
「おい。食事だぞ」
この場で最も醜悪なのは、アンチスレのプレイヤーだ。
「こ、こんな量じゃ、足りません!」
「せめて子供たちの分はまともに出してやってくれ!」
「うるせえぞ!! NPCの分際で!! てめらデータの塊に、食事なんざいるかよ!」
鉄格子を思い切り叩けば、彼らはびくりと縮こまるしかなかった。
ソレに気分を良くしたのか、アンチスレのプレイヤーはニヤリと笑って告げる。
「安心しろ。もうじき時間が来る。その時にオーマが現れたら、お前たちはお役御免だ。解放してやる」
「あ、現れなかったら?」
「そうだなァ、奴の仕業に見せかけて、お前らを殺すのもありかもな。そうすりゃ奴はコキュートス送りだ!」
この男は自分たちの命を、何とも思っていない。
その事実に寒気がした。
自分たちがどうしてこんな目に遭わなければならないのか。
その理不尽に、誰もが涙する。
ある者は憤り。
ある者は子供を強く抱きしめる。
その子供の一人が言った。
「来るもん!」
「あ?」
「来るもん! 僕たちの味方が来るもん! ユーグさん達が来るもん! 街のみんなが言ってたもん!」
「ユーグ? 誰だソレ」
「ユーグさんはユーグさんだもん!!」
「まあいい。次騒いだらお前を真っ先に殺してや——」
男の背後に立つ影があった。
その影は即座に広がり、男を飲み込んだ。
そしてその影は再び人の姿をとる。
「あ! ユーグさんだ!!」
「皆さん。助けに参りました」
子供たちの、あるいは無辜の人々の味方。
『
オーマがやってきた。
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