防守

 異世界には、子供や動物を助けて転生するという物語がある。

 一つ一つはささやかでも、数が揃うとそれもまたことわりになる。それ故、創世神はその理を逆手に取ってユーセイを異世界に転生させた。元々、ユーセイを狙って暴走させた車とユーセイの間に、猫の姿を取ったガブリエルを転移させたのだ。


「危ないっ!」


 自分の命を狙ってとは知らないユーセイは、車から守ろうとガブリエルをその手で押し、結果として無防備な体勢で車に轢かれた。

 ……実は、そこまでは計画通りだったのでガブリエルの心は動かなかったのだが。


「よか、っ……」


 血塗れで地面に倒れながらも、無事だった猫――ガブリエルを見て、ユーセイは安心したように呟いて笑った。そしてガブリエルの前で目を閉じ、息絶えた。


(何て無知で、愚かな)


 いや、彼は自分が大天使と知らずに助けたのだ。咄嗟の行動だからこそ、その人間の本質が解る。馬鹿も、ここまで貫けば純粋で美しい。

 一瞬の笑みで、想いが反転した。誰かを、あるいは何かを助けて異世界に転生する。そんなことで、と内心思っていたが、確かにそう出来る力があったら自分もそうするだろうし、もう二度と寿命以外で彼を失いたくはない。

 それ故、本来ならユーセイの魂を創造神へと託すまでが役目だったが――使い魔召還に応え、こうしてユーセイの傍にいる。



 そんなガブリエルの前でユーセイはアキラから聞いたことを、そしてアルバはアスセーナから聞いたことをそれぞれ明かしていた。


「魔王が……元は、異世界の人間?」

「アルバが……勇者の生まれ変わりで、皇帝の息子?」


 そして、思いがけない事実にしばし呆然とするが――先に、我に返ったのはユーセイだった。


「悪い。驚いたは驚いたけど、ありだと思う俺がいる」

「……あり、ですか?」

「うん、あり……って、ごめん、ラノベ脳すぎ! デリカシーないよな!?」


 言ってから、軽すぎたかと思ったのか慌てて謝罪するユーセイに、アルバが微笑む。そしてその反応に戸惑うユーセイに、アルバは微笑んだまま言葉を続けた。


「……遊星が認めてくれるのなら、それで良いって思いました」

「えっ、あ……そっか、うん」


 言葉に、微笑みに、眼差しに――今までは無自覚だった愛しさを隠さず込めるアルバに、ユーセイが赤くなりながら照れて下を向く。微笑ましいやり取りだが、己もユーセイに魅了されたガブリエルだからこそ解る。


(創世神が、ユーセイを『メテオライト』だと言っていたが……確かに、ユーセイがいなければアルバは己の出自を、こんな風には受け入れられなかっただろう)


 魔物への復讐という利害の一致で、魔王討伐はしただろう。だが、ユーセイと会わなければこんな風には笑えなかった。まあ、どちらにしても異母姉は拒むだろうから良くて出奔、悪くて自害というところだろうか?


「……あなたは、知っていましたね? まあ、軽々しく言えることではないでしょうが」


 そんなガブリエルに対して、目を据わらせたアルバが尋ねてくる。

 事実、その通りなのでガブリエルは微笑みだけで応えた。すると、今まで黙って話を聞いていたムシュフシュが口を開く。

 頭は蛇、上半身は獅子で、下半身は鷲。尾は、蠍――アルバの使い魔である彼は、本来ならアルバを背に乗せられるくらいの大きさだ。しかし、今は寮の部屋なので以前のように子犬サイズになって床に伏せている。


「創世神が前回、魔王を召還するまでは数百年に一度、魔流の暴走で世界は壊滅状態になっていた。それ故、そもそも知っている者自体も少ないのだ。そしてその歴史を知る我らからすると、魔王という贄は正直ありがたい」


 そこで一旦、言葉を切ってムシュフシュがアルバとユーセイに言う。


「主には申し訳ないが、私はユーセイに任せるべきだと思う。ユーセイ以外だと、あの魔王は自爆して世界の破壊を早めそうだ」

「……あなたも、魔領に行けるんですよね? 馬鹿正直に向かうのではなく、彼の前に転移して反撃される前に討てば」

「確かに、私に乗れば異界に行くことは可能だ。しかし魔王は、ユーセイ以外は別の意味で『歓迎する』と言っていただろう? 魔領は、文字通り魔王の領域。何とか辿り着けたとしても、不意打ちを食らうところまでは近づけぬ」

「私も、フシュ君に同感だ。まあ、ユーセイも心細いだろうからついてくること自体は止めないが……この世界と、そして魔王である彼のことを考えれば」


 事実ではあるが、こういう言い方をすればユーセイは絶対に魔王を討つことを断れないだろう。そう思ったがアルバ『達』は納得いかなかったらしい。


「ユーセイのことも、考えるべきですっ」

「ピッ!」


 そう、今までユーセイの頭上で話を聞いていた鸞鳥だ。まだ幼い彼だがユーセイのことを慕っているし、ユーセイのことを『心』も含めて守りたいと思っている。

 だが、しかし。


「チビちゃん、君の気持ちは健気だと思うが……そもそも、君にはまだ魔領に行けるだけの力はない。いや、連れて行くだけなら出来るが、君を『守る』余裕はない。チビちゃんに出来ることは、私達の帰りを待つだけだ」

「ピッ!?」


 ガブリエルの言葉に、抗議の声を上げるが――魔王と同等以上の力を持つ、アルバとユーセイは自力で身を守れる。しかし、まだ幼い鸞鳥では人間相手には戦えても魔王は勿論、上級の魔物相手も難しい。


「ピッ……ピッ!」

「……えっ? ユーセイと『魂の誓約』をしたい?」

「何と……」

「何……って、ええっ?」

「……それは、一体?」


 そんな鸞鳥からの言葉は、思いがけなくて。人間であるアルバは戸惑っているが、ガブリエルとムシュフシュ、そして神から与えられた知識でその答えを知ったユーセイは驚愕した。


 魔法学園、あるいは魔法使いが行なう『召還』は、あくまでも人間が求めて幻獣などの霊的存在が応えている。つまり、霊的存在側が優位なので人間が死んでも契約解除になるだけだ。鸞鳥の場合は少し特殊だが、魔法陣自体は通ってきているのでこれに当たる。

 けれど、鸞鳥が提案した『魂の契約』は違う。


「霊的存在側が、より強い結びつきを人間へと求める。この時、優位になるのは人間だ。誓句を唱え、人間に口づけることで互いの力を分け合える。ユーセイとチビちゃんなら、確実にチビちゃんも力が増すだろうが……ユーセイが死んだら、チビちゃんも死ぬ。何せ、魂が結びつくんだからね」

「……気持ちは嬉しいけど、ごめんな。俺の為って言うんなら、待っててくれるのが嬉しいよ」

「ピィ……」


 むやみに知られ、悪用されても困るので信頼出来る人間のみに与える知識だ。それ故、アルバが知らなくても無理はない。

 ガブリエルがアルバに説明する一方で、ユーセイは頭上から鸞鳥を降ろし、目線を合わせて話しかけていた。つぶらな瞳を揺らしながらも、ユーセイからの言葉には逆らえない。悲しげな声を上げつつも、それ以上は主張出来ず鸞鳥はうなだれた。

 ……刹那、ユーセイがその黒い瞳をハッと大きく見張る。

 それから再び、鸞鳥を頭上に乗せるとユーセイはアルバに言った。


「アルバ、じゃん、けん!」

「えっ?」

「ぽんっ」


 困惑するアルバに構わず、突き出されたユーセイの手はパー。そして、アルバの手は咄嗟に握られたグーだった。


「よし、俺の勝ち! って訳で……アルバには言うこと、聞いて貰うな」


 そう言ったユーセイの黒い瞳には、強い決意が宿っていた。

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