第21話 リインカー【転生者回】2453文字

 翌早朝、ハンモックで心地よく揺られながら寝ていると、唐突に部屋のドアが激しくノックされた。


「んあ?」

「なによぉ……うるさいわねぇ」

「ああん?」

「……なんだ?」


 一瞬、クリスの野太い声が、めちゃくちゃ艶っぽい女のような抑揚だった気がして目を合わせた。そんな訳ないのに。おっと、ドアを開けねば。

 つい寝ぼけ頭でカギを開こうとして、強盗の可能性が頭をよぎり、念のためその場で声をかけた。


「誰だ?」

「宿の物です!! 夜分申し訳ありませんが、神官さまはいらっしゃいますでしょうか!?」

「どうした、怪我か?」

「いいえ、……リインカー、です」


 目を擦りながら歩いてきたクリスは、息を呑んで血相を瞬時に変えた。


「っ…! すぐに向かう。マナギは」

「できるだけ、誰もいない部屋をすぐに確保だったか。……ここでいいか?」

「うむ。頼む」


 彼らが来る前に、手早く武器になりそうな物を手に取れないように片付ける。

 すぐに布をかぶせられた男性が、女性従業員とクリスに連れられてやってきた。男性は店長のギリアムさんだった。


 立ち会いは俺で良いらしい。女性従業員さんに剣を預けると彼女は部屋から出ていって、俺はドアの前に立った。

 クリスはギリアムさんを座らせると、どこの家にもある配布物である。リインカー経典を開き始めた。


「では経典を開こう。何度か同じ質問をするが、許されよ」

「……………はい」

「あなたの性別は?」

「男性です」

「あなたの年齢は?」

「34だ。………いや、20…7です?」

「……出身は?」

「ここだ、ここ、バウルー……、いや、カルフォルニアの……ロスです?」


 しばらくクリスは黙って経典をめくっていた。おそらく、わざとだろう。クリスは1度だけ俺に視線をよこした。

 いつでもギリアムさんを押さえられるように、腰を落とす。


「刑罰を受けた、経験は?」

「無い、……無いです」

「よし、文章を読む趣味。または経験はあるか」

「あります」

「……思い出せる最も好む本は?」

「……ハース・アンクル・クリフト著。燐寸マッチの火……そうだ、俺はハースのファンだ、ファンのギリアムだ。ギリアム、ギリアムだ。ロスのリックじゃない。ギリアム。うぅ……ギリアムのはずなんだ……!!」


 彼は頭を押さえて少し錯乱し始めた。一瞬、飛びかかるか躊躇したが、クリスが立ち上がって手で制してくれた。


「そうだな、あなたはギリアムだ。思い出せる事をしばらく何でも良い、話してくれ。ゆっくりでいい」


 それからしばらく、取り留めの無いギリアムさんの言葉は続いた。意味の分からない言語もあったが、ほとんどは彼自身についてのことだったようだ。


「もう一度問おう。あなたの性別は?」

「男だ」

「あなたの年齢は?」

「34だ」

「では最後に、あなたのお名前は?」

「ギリアムだ。リックの記憶はあるが、ロスのリックじゃない……」

「うむ。ではゆっくりと食事を取り、身を清め、案内人に従って教会へ向かう。良いか?」

「はい……」


 幸い時間帯が良かった。誰にも会うことなく、彼は教会へと俺達に連れられて向かうことができた。





「ええと、つまりどういうことなんです?」

「……我々全員が、異世界の知識、託宣を持つということだ」


 早朝の出来事を朝食を取りながらクリスは全員に解説してくれたが、姫さんには少し飲み込めない内容だったようだ。

 俺も経典をあらためてパラパラめくりながら、上手い説明を求めていた。


「あー……つまりだ。俺たち全員が、例えれば本の主人公を自分の人生だと、錯覚するかも知れない魔法をかけられている。ってところか。クリス?」

「概ねそれに似た感覚が、学説としては最有力だ」


「ああ、なるほど……って、私もですか!?」

「そうよ。リインカーとそうでない人は、本人の人生的積み重ねによる自認力や、認識力。前世の人生の影響力。そのすべての強弱のバランスによるもので決まって、全員が前世の記憶自身はある。と言われているんでしょ?」


 ラランさんは髪を指先でもて遊びながら、経典をパラパラめくって、思い出すように詳しく説明してくれた。


「そうだ」

「なにせ相手は本の主人公だからな。場合によっては性別が違ったり、年齢も大幅に違ったり。何度も刑罰を受けるような重罪を犯していたり。つまり、最初は自分が、自分自身である証明。認識を脅かされる事になるわけだ」


「うわっ……でもそれなら、なんで私たちはそうではないんですか?」

「厳密に言えば、何度も思い出しては居る」

「はい? そんな訳ないでしょ?」


「レーナちゃん。10年前の今日の日付って、何をしてたか正確に思い出せる?」

「グリンのお世話して、父様と剣の鍛錬して、青空教室で雨が降って来た日でしたね」

「じゃあ、さらに10年前は?」

「え、それは……まだ、歩けもしない年齢だったので、ちょっと……」


「そう。睡眠による夢や、無意識に白昼夢と思ったり。そもそも思い出せないほど頭脳が未発達だったり、逆に歳を取りすぎてたり、前世がそうだったり。大人になるまで、10年単位の時間経過で前世の記憶自身が酷く摩耗していたり。前世の自分自身とは、関係ない記憶ばかり思い出したりが大半なのよ」


「自認力とは肉体を含む、年齢比記憶の積み重ねだ。ギリアム氏の場合は年齢として稀だが、まだ幸運だった」


「思い出した前世の方が、本人になるケースもあるんだっけか」

「滅多にあることではない。鏡を見せれば戻る事も多い。だが極稀にそう変化してしまう事もある」


 どこまで行っても肉体はこちらの世界の物だ。鏡に映る姿が自分で無いと思えない者は少ない。よほど前世の人生が印象深い、あるいは余程の無念がない限り、滅多にあり得ないのだろう。


「なるほど……良いことばかりでは、無いんですね」

「エディン ヤイオ ドゥイムン ティエルクウムグ〜?」

「ええ。ギリアムがいないんじゃここも忙しくなるわ。タロッキちゃんも退屈してるし、宿を手伝ってあげましょう」


 ラランさんの言う通り、店長であるギリアムさんを欠いた宿は忙しそうだった。俺達は早々に朝食を片付けると、快く手伝いを買って出る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る