第3話

 豊湧が訪ねてきた日から三か月が過ぎた。


 その間、璃斗と真二郎は何度か尊狼神社を訪れたものの、けっこう賑やかで、やはり拝殿に手を合わせるしかできなかった。


「豊湧さん、音沙汰ないね」


「人界は神界の三倍くらいの時間差だったから、向こうではひと月くらいじゃないかと思う。まぁ、時間の流れを向こうの人たちが気にしているかどうかはわからないけど、でもひと月なら、あんまり経ってないって感じじゃないのかな。でも、いい方法って、どんなのがあるのかな」


「だから~、豊湧さんたちがうちに来るんだよ」

「神様だよ? 大事な仕事を放って人界で用もなく過ごすことはできないんじゃないかな?」


「そっかなぁ」

「それより真二郎、早く学校に行かないと」

「さぶいんだもん。行きたくないなぁ」


 真二郎は口を尖らせながらダッフルコートに袖を通した。


「行ってきます」

「いってらっしゃい。気をつけて」


 真二郎の姿が見えなくなり、璃斗は料理を再開しようとしたが、ガタン! と大きな音がしたので顔を向けると、戸口に真二郎がいた。


「どうしたの?」

「あいつが来た」

「え」


 ムスッとしている。真二郎の言う〝あいつ〟の正体はすぐにわかった。


「しつこいっての」

「いいから。真二郎は学校に行くんだ」

「心配だから俺、一緒にいる」

「大丈夫だって」


 玄関の扉を開けると、高須が立っている。


「おはよう。今日はどうしたの?」

「前に、このあたりで出没していた不審者とか、絡んでくるタチの悪いヤツ、いたろ」

「うん」

「それぞれ別の名所で捕まったらしい」

「そうなの? わ、それはよかった」


「露出狂の不審者はすぐそこのマンションに住んでいる会社員らしい。転勤でこの町に来て、ストレスでやっちまったそうだ。で、絡んでくるヤツは四人組で、埼玉で窃盗で捕まって、余罪のことでこの町でもやらかしたことを白状したそうだ」


「そうなんだ。でも捕まってよかったよ。わざわざ伝えに来てくれたんだ。ありがとう」


 礼を言う璃斗に高須は不満そうな顔を向けている。


「どうかしたの?」

「別に。不審者問題が解決したから、東京で住んでた家に戻る」


 璃斗は高須が親に呼び戻されて帰ってきたことを思い出したが、あれから半年は経っている。会社のことをどうしていたのか、今更ながらに疑問に思った。


「会社は辞めて戻ってきたんだが、社長に言って、また雇ってもらうことにした。やっぱこの町はつまんねぇから」

「……そうなんだ」


 確か、調子よく、社長に口を効いてやる、とか言っていたような気がするが、面倒なので言わないことにする。そんな璃斗を高須はじっと見下ろしてくる。


「なに?」

「やっぱさ、お前、俺と一緒に行かないか?」

「…………は?」

「だから」


 口説いているんだと璃斗が察した時、真二郎が二人の間に割って入ってきた。


「にいちゃんはここで弁当屋するんだ。行かない」

「クソガキは黙ってろよ」

「黙ってない。花巻璃斗は俺のにいちゃんだから、どこにも行かないし、行かせない!」


 高須がギロリと睨んでくる。それを真二郎が真っ向から対峙する。


「ちょっと待ってよ。高須君、僕はどこにも行かないし、小学生相手にそんな顔しないでよ」

「その通りだ。そなたも大人なら、置かれている状況を理解して身を引きなさい」


 後方から声がして、「あんあんあん!」という犬の鳴き声がそれに続いた。


「豊湧さん!」


 豊湧と、彼の前後左右ダイヤ型に取り囲む子犬がいる。


「貴様」

「だから、そなたに貴様呼ばわりされる覚えはないと言っておろうが。私の名は犬神豊湧。しばらくこの家に厄介になるために訪れた。よしなにな」


 余裕の豊湧に高須は圧倒されたのか、それとも遣り込められたことを思い出して太刀打ちできないと思ったのか、逃げるように無言で去っていった。


「あの者には縁があるのかもしれぬ。次に顔を合わせるようなことがあれば、きつを授けてやってもよいかもな」


 にっこり微笑む姿はいつもながらに麗しい。そして神、大変な余裕だし、言うことも普通ではない。


「豊湧さん、ねぇ、さっき言ったことってホントなの!? 一緒に暮らせるの!?」

「ああ、真二郎、本当だ。そのために諸々調節しておった。私も狛犬たちも少し時間を得たゆえ、ここに厄介になるが、よいな?」


「もちろんだよ!」

「大歓迎です」


「そうか。それはありがたい。お前たちも礼を言いなさい」


「あん!」

「あんあん!」

「あんあんあん!」


 狛犬たちがしっぽを力いっぱい振りながら、大きな声で鳴いて返事をする。


「お前たちも大歓迎だよ!」


 それを真二郎が三匹まとめて抱きしめた。豊湧の足元にいる南風は定番だ。とはいえ他の三匹と同じように、しっぽがブンブン振られているが。


「南風、いらっしゃい。これからもよろしくね」


 璃斗が屈んで南風の頭を撫でると、「あん!」と鳴いて、頭を璃斗の手にグリグリと鼻やおでこをこすりつけてくる。かなり嬉しいようだ。


「狛犬たちは、この家の中だけ変化することを許された。とはいえ、私を含めて神力を制限されているので、一日の間では一、二時間程度しか保っていられないだろうがな」


「豊湧さんは大丈夫なんですか?」

「ああ、なんの問題もないし、このくらいが丁度いい」

「だったらいいのだけど」


「さて、真二郎は学校へ行きなさい。狛犬たちは変化して、私とともに璃斗の手伝いだ」

「えー、俺も手伝いたいなー」

「帰ってきたら狛犬たちと遊ぶといい」

「ちぇ。んじゃ、行ってくる」

「気をつけてね」

「それ、さっき聞いたよ」


 不満タラタラだが、真二郎はおとなしく登校していった。それを璃斗と豊湧、四匹の狛犬たちが見送る。


 それから豊湧が璃斗の肩に手を回した。


「豊湧さん」


「璃斗、私はそなたの生きる道に添いたい。そなたが豊かに暮らせるように。よいかな」


「もちろんです。僕も豊湧さんとずっと一緒にいたい。神聖な神様に向ける気持ちじゃないことはわかってるけど、豊湧さんが好きです」


 肩に回された手に力が入り、引き寄せられた。


 これからずっと一緒にいられる。そう思うとたまらなく嬉しくて、幸せで、璃斗は湧きあがる感情を噛みしめ、そして鎮めようとそっと目を閉じると、豊湧の唇が重ねられていた。

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