第3話

「真二郎、問うが、それは璃斗を思っての頼みか?」

「え、うん。もちろんだよ。にいちゃんにはいろんなつながりがあるから、そのつながりを失ってほしくない」


「そなたなりの兄への思いやりか。だがそれは、璃斗の心を考えてのことか?」

「にいちゃんの心?」


「さよう。璃斗の心は良くも悪くもそなたで占められている。そなたを思うことによって自らの心を保てていることに気づいておらぬ。それはつまり、そなたという存在が璃斗を支えているのだ。そのそなたがいなくなってしまえば、璃斗はどうなると思う?」


「…………」


「恐怖や孤独に潰れてしまうことだろう。そんな大切な存在が、なんの相談もなく、気持ちを伝えることもなく、来るなと突き放し、勝手に遠くに行くことが、どれほどむごいか、傷つくか、想像できぬか?」


「…………」


「璃斗などどうでもいいと思っているなら、その願い、叶えよう。だが、少しでも大切だと思っているならば、きちんと伝えてどうすべきか、互いの気持ちを確認しなさい。先回りして不必要なことを考えて悩んではいけない。それは互いに傷つき、失うことになる」


「でも……にいちゃんは大人だから、すぐに俺を優先して、我慢しちゃうから。大人だから、それができちゃうから……」


「誰しも自分よりも年上は、自分よりもなんでもできて、知っていて、行動できると思いがちだが、そんなことはない。少しばかり経験しているだけで、いつも不安であるし、常に新しいことに驚き、悩み、躓いている。そして同じことで悩んでいる」


「そうなの?」


「私が知る人間はみなみなそうだ。その証拠に、正月や困った時、願いがある時、手を合わせにやってくる。くじを引いたり、魔よけまじないを求めたりしておる。老若男女、多くがだ。なんら変わらぬ。幾千、幾万の日々、同じだ」


 そう言われたら確かにそうだ。真二郎はうつむいて、正月に初詣に行く様子を思い浮かべた。


「ケンカをしてもいいから二人で話し合い、一つの結論を出しなさい。私はその結論を聞いてから判断する」

「判断?」

「狛犬の世話のことだ」

「俺、狛犬たちと一緒にいたい!」


 豊湧はうなずき、手を伸ばした。


「豊湧さん! 狛犬たちの傍にいさせてよ!」

「戻ろう。璃斗が心配している。さぁ、手を」


 これ以上言っても無駄であることを真二郎は理解した。仕方なく手を出し、豊湧の差し出す大きな手を掴んで立ち上がった。


     *****


「あんあんあんあん!」


 犬の鳴き声がする。


(ごめん、南風)


 璃斗の腕の中に閉じ込められて身動きができず、怒っているのだろう。だが璃斗は離さない。


 人界で人型になることは許されていないので、子犬の姿で必死に訴えているのだ。だが、当然ながら璃斗には「あん!」としか聞こえないので、なんと叫んでいるのかさっぱりわからない。


 神に仕える者たちは豊湧同様に神界人界いずれでも自由自在に変化へんげできるが、子どもは難しい。人界で耳やしっぽをつけて歩いていたら大変なことになる上、神力の消費が大きいので、成長して力をつけるまで禁じられているのだ。


「うーー」


 唸っている。かなり怒っている感じだ。


「あんあん、あんあん!」


 ようやく璃斗が反応し、顔を上げた。


「南風、ごめんね。ふわふわであったかくて、離したくなくて。ありがとう」


 そっと床に降ろしてやる。南風は「うー」と唸りながら周囲を落ち着かない様子で歩き回ってから、璃斗の足元に戻ってきて、足首をがぶりと咥えた。


「あっ」


 痛くないので甘噛みだろう。それから顔を離して足の間に入ると、前足に顎をつけて伏せ状態になった。


「南風?」


 呼びかけると、顔を動かすことなく「くーん」と鳴く。


 最初は同情しておとなしくしてあげたけど、むぎゅっとが長いから苛立って怒ってみたけど、やっぱり気になるから傍にいてあげるわ! とでも言っているように思え、璃斗の顔に笑みが浮かんだ。


「南風は優しいね。ありがとう。豊湧さんのおかげで高須に言いたいことが言えたし、真二郎のことも心配してないよ。でも、安全と、あの子が僕のことをどう思っているかは別だ。嫌われてるのは仕方ないよね。倫子さんと二人で暮らしていたかったんだと思うし」


 その倫子はもうこの世にいない。だから仲良く二人で暮らしていかないといけないと思うのだが、人の心はそう簡単ではない。


「僕は真二郎が現実を理解しているってわかってるつもりなんだ。だから責める気はないし、あの子が中学でも高校でも、寮のある学校に行くって言ったら、反対する気はない。ただ、本当の兄弟みたいになりたいんだ。僕のほうが年上なんだし、頼ってほしいというか、慕ってほしいというか……それだけなんだ」


 南風は聞えるか聞こえないか程度のかすかな声で「くーん」と鳴くだけだ。


 それからしばらくこの状態が続いた。


 十四、五分が経っただろうか。南風の耳がぷるぷると動き、立ち上がったと思ったら、しっぽを振って戸口に走っていった。


「南風?」


 ガタンと玄関の扉が開く音がする。それとほとんど同時に真二郎が姿を見せた。


「真二郎。豊湧さんも」


 彼らの足元には三匹の狛犬たちもいる。その中に南風も入り、四匹が並んでしっぽを振った。


「璃斗、真二郎から話があるそうだ。聞いてやってほしい」


 豊湧に背中を押された真二郎は、一歩、二歩と歩み寄り、璃斗を見上げた。

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