第2章 美麗な飼い主と子犬たちの贈り物

第1話

「忙しかったら俺一人で行くけど」

「ダメだよ。絶対に許さない」

「俺、もう九歳だぞ。犬の散歩なんて一人でできるよ」

「まだ九歳だ。絶対ダメだからね!」


 子犬たちの散歩というタスクが増えたので、璃斗は一時間早く起き、野菜のカットやゆで卵などの下ごしらえを済ませることにした。これで真二郎を見送ったあとの本作業で慌てなくて済む。


 ところが真二郎はそれを負担と思ったのだろう。気遣ってくれるのは嬉しいけれど、九歳の子どもは一人で犬の散歩などとんでもないことで、そんなことをされたら帰ってくるまで心配で仕方がないというものだ。


 このあたりの治安はいい方だが、子どもが一人で歩き回るというのは、地域や場所は関係なく避けなければならない。まして商店街で問題を起こしている迷惑者が出没している今は、特に。


「あの人、いつまでいるんだろう」

「あの人?」

「デカいヤツ」

「高須のこと?」


 うん、と真二郎がうなずく。


「どうだろう。しばらくテレワークだそうだから……ひと月くらい?」

「えーー、ヤだよ。会いたくない」

「目立つから、姿が見えたら隠れたらいいじゃない」

「あいつ、ウチ、来るだろ」


 だから隠れたら、そう言いかけて璃斗は口をつぐんだ。会う会わないの問題じゃなく、家に来てほしいくないのだ。そもそも近づかないでほしいのだろう。


「不届きな客があきらめていなくなったら、高須もまた自分の家に戻ると思うよ? ちょっとの間だから」

「にーちゃんが友達やめたらいいんだ」

「…………」

「そしたら来ないだろ?」

「そうだね。でも……」


 璃斗の言葉が途切れたのを不審に思ったのか、真二郎が顔を上げたので目が合った。


「なに?」

「あ、いや、なんでもないよ。わかった。ウチに来ないようにするよ。でも、真二郎はどうして高須が嫌なんだ? あ、まぁ、憎たらしいこと言うけど」

「そうだよ、憎たらしいこと言うからだ。嫌いだよ」

「うん、わかるよ」

「なんであんなヤツと友達やってるのか、俺にはわかんないよ」


 真二郎は口を尖らせた。


「そんなことより、茶丸たちの飼い主っていないんじゃないかな」

「どうして?」

「だって出てきそうな雰囲気ないもん」

「まだ五日じゃないか」


 また口を尖らせる。


「にいちゃん」

「ん?」

「一匹じゃないとダメなの? 一匹だけ離れ離れって可哀相だよ。俺がちゃんと世話するから」


 二人の足元ではもふもふした体つきの真っ白な子犬が三匹絡み合いながら歩いている。確かに真二郎が言うように、離れ離れは可哀相だ。だが、保護シェルターに行ったあと、三匹が一緒にもらわれる可能性だって高いわけじゃない。


「にいちゃん、頼むよっ」

「…………」

「店も手伝うからっ」

「店はいいよ」

「じゃあ、掃除とか、洗濯とか、ご飯の俺が作るよ!」


 必死の真二郎の顔に璃斗は、この子の成長に子犬たちは貢献してくれるんじゃないかという気がしてきた。


 関係が芳しくない璃斗では、日常の世話はできても情操教育は無理な気がするからだ。


(僕は両親の弁当屋を手伝うことで、たくさんのお客さんに接して、多くを学ばせてもらった。でも、この子は嫌いな僕の手伝いはしないだろう。もうちょっと成長したら、僕の目の届かない所へ行ってしまうかもしれない。その行き先がとんでもない場所だったら、取り返しのつかないことになる。三匹の犬でそれが防げるのなら)


 懇願のまなざしで見つめてくる真二郎に、璃斗は微笑みかけた。


「わかった。飼い主が見つからなかったら、三匹、うちで飼おう」

「ホント!? いいの!? 言ったよ! 今、言ったからなっ。俺、聞いたぞっ!」

「言ったよ。でも、飼い主が見つからなかった場合だからね」

「うん! 茶丸、黒丸、白丸! やったぞっ、一緒にいられるからな!」


 飼い主が見つからなかった場合に限るのだが、とはもう言わなかった。むしろ、見つからずにいてほしいという気持ちのほうが強いくらいだ。


「だけど散歩は一人じゃダメだよ。中学生になってからだからね」

「わかったよ。俺、もう子どもじゃないのに」


 子どもだろ! と言いそうになって、やめた。だが、ニマニマしてしまって、真二郎に思い切り睨まれた。


「帰ろう。朝ごはん食べて学校行かなきゃ。僕も店の準備をしないといけない」

「うん!」


 家に帰り、朝食をとる。璃斗と真二郎はおにぎりと味噌汁、だし巻き卵で、子犬たちは子犬用のカリカリドッグフードの上に鳥のささみのウエットフードのトッピングだ。


 二人と三匹は完食し、真二郎はランドセルを背負って子犬たちを抱きしめた。


「茶丸、黒丸、白丸、行ってくる。いい子にしてろよ」

「あん!」

「あんあん!」

「あんあんあん!」


 それぞれ鳴くと、しっぽを千切れそうなほど激しく振りながら真二郎の顔を舐めまくる。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「あん!」

「あんあん!」

「あんあんあん!」


 手を振って学校に行く真二郎を見送り、璃斗は調理場へ向かった。


(今日の日替わりは、和風がアサリの炊き込みご飯と煮物、中華が角煮、洋風がチキンのドライカレー、と)


 それ以外は定番のハンバーグ弁当と鶏唐弁当と焼売弁当だ。璃斗はハンバーグ用のミンチを捏ねながら、真二郎の笑顔を思い浮かべ、自らも口元を緩めた。


 とにかく真二郎が普通に話し、普通に接してくれるのが嬉しい。


 帰宅したら、自分がいなかった間、子犬たちがどんな様子だったか知りたがり、積極的に話しかけてくる。二人の会話の時間がぐっと増えた。それは璃斗にとって何にも代えがたいありがたいことだった。


(血はつながってないけど弟だ。それに、僕にはまだ、じいちゃんやばあちゃんたちがいるからいつでも会いに行けるけど、真二郎はいないから。真二郎を天涯孤独になんてさせない。血なんて関係ない。僕のたった一人の弟だ。この気持ちはきっと真二郎に伝わっているはずだし、たとえ本気で嫌われたとしても、世間に対してしっかりした人間に育てないといけない)


 そんなことを考えているうちに、あっという間に時間は過ぎ、開店時間になり、人で賑わい、そして二時の割引時間になって、人の足が途絶えた。


 入り口に『準備中』のプレートを出して店を閉める。やっと璃斗の遅いランチタイムになった。


「寝てる。可愛いなぁ」


 調理場に隣接している休憩用の部屋では三匹の白い子犬が固まって丸くなって眠っていた。


 一匹が寝返りを打った。この子は黒丸だ。


(ん?)


 黒丸が口をあけていて舌が見える。その舌に模様があるように思うのだが。


(卯?)


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