21 双子の菖蒲と杜若

 タカタカと軽やかな音を立て、今日も生徒会室の作業机で作業を行う。

 パソコン作業にも慣れて来た。


 けれど、今日は一つ、気掛かりな事がある。


 隣で作業をしながら時々こちらの様子を見てくれる杜若先輩が、今日は杜若先輩ではないからだ。

 隣には、確かにきゅっとした右側のサイドテールを三つ編みにした、東堂先輩が居るというのに。

 つまり、この人は杜若先輩ではない。いつもと逆側に三つ編みを作った菖蒲先輩だ。


 菖蒲先輩はいつもは作業机の向こう側に居る。

 離れたところでポスターなどのデザイン作業をしている事が多い。

 けれど、今日は、その作業をしているのが杜若先輩で、私の隣に座っているのが菖蒲先輩なのだ。


 これほど真逆な事をしていてなんだかすごい違和感なのに、誰も何も言わない。

 いつもと違う作業をしている杜若先輩も、小節先輩も、剣様も。


 もしかして、これはよくある事なの?

 あの作業の中で、たまたま杜若先輩が得意な部分だったとか?


 作業で聞きたい事があるけれど、菖蒲先輩とはあまり関わりがないから聞きづらい。

 ああ、でも、教員棟の前で助けてくれたのはこの人、なんだよね。


「あの、先輩、これ」

 画面を示す。


「ああ、これは」


 返事の声は、杜若先輩とはほぼ変わらないものだ。

 けれど、トーンが違うのかイントネーションが違うのか。

 若干だけれど、音が違う気がする。ほんの、半音の半音ほど。


「こっちのテンプレートを見て、お手本にしてくれる?」

 と、手を伸ばして違うファイルを開いてくれる。


 違和感は拭えない。けれど、ここまで近くにいられるのは、今しかないはずだ。


「先輩、昨日は、どうして助けてくれたんですか」

 思わぬところで真剣な、低い声が出た。


 投げかけた質問に、菖蒲先輩が細める。

「あれは、菖蒲」


「…………」


 その言葉で、この交換は揶揄われているだけなのでは、という気がしてくる。


「だから……、菖蒲先輩に聞いてるんです」


 そこで、他の3人の視線がこちらに向くのがわかった。

 剣様が振り向く時の髪の揺れといったら、この世に存在する最も美しい線を描いたといっても過言ではないだろう。

 剣様の眉を顰めるなんだか難しい視線に、ソワソワとしてしまう。


 菖蒲先輩があの場で助けてくれたという事は、あのメンバーの誰かを私が避けているという事実が知れてしまうという事でもあるわけで。


「私が菖蒲?」

 菖蒲先輩の、あくまで冷静な物言い。


「そうです。いつもと髪型は違うけど、菖蒲先輩です」


 言い切ると、菖蒲先輩がにっこりと、吹雪のような笑顔を見せた。どこまでもクールビューティーなのだ、この双子は。


 双子が、その結んだ髪をシンクロした動きでさらりと下ろした。

 二人の髪は、三つ編みをしていたからか、それとも元々こうなのか、緩いウェーブを描く。


 遠くで作業をしていた杜若先輩が、

「よくわかったわね」

 と微笑む。

 おなじクールビューティーでも、こちらの方が余程隣で見ていた微笑みだ。


「いつわかったの?」

 と、言うのは菖蒲先輩だ。


「いつも何も、顔も声も全然違うじゃないですか」

 少しムッとした雰囲気が出てしまう。

「似てるからってなんとなくで接したりしません」


 普段、剣様の様子をこれでもかと見ているのだ。

 ここまで別人の差など、わからないわけがない。

 もし相手が剣様なら、突然クローンと交換されても直ぐにわかる自信がある。


「ふふっ」

 と、菖蒲先輩が声を出して笑った。

 ……意外だ。杜若先輩よりも冷たい人なのかと思っていたのに。

「あなたって面白いわ」


 キョトン、とする。

 ……おもしれー女ぁってヤツですか。


 菖蒲先輩がくしゃくしゃと私の頭を撫でる。


 もう……っ、こんな事でフラグなんて立ちませんからね!?




◇◇◇◇◇




ちょっとお茶目な事もする双子なのでした。

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