ナミミの心情 (ナミミ視点)



 ムーンフォール領次期領主、ナミミ・ムーンフォール。それが私の立場と名前だった。

 王城で戦果の報告をした帰りに呼び止められ、私はコガネの命を拾った。

 拾わされた、と言っても間違いではないかもしれないけれど。


 そのコガネのスキル『ニンジン召喚』は、とても興味深いもので。

 なので、それを調べるために私は結構な無茶を強いた自覚がある。

 生物を殺すのに忌避を覚えるコガネに、無理矢理スライムを殺させ、トレントを殺させ、最終的にはウルフやゴブリンなんかも殺させて。

 それでも、コガネは「ナミミ様ー!」と笑顔で付いてきてくれていた。

 それこそ、犬のように。私に対して「やってやりますぜ!」と前向きな瞳を向けて、私の検証に付き合ってくれた。


 ニンジンじゃない野菜をニンジンだと言っても信じてくれるほどに、従順で私のいう事をしっかり聞いてくれるコガネ。

 きっと、コガネは私の事が好きなのだろうと思った。

 だからだろうか。私は、その、正直初めてぴょんぴょんするならコガネがいい、と、思っていた。


 満月の夜、そんな浮ついた気持ちが増幅されてしまったのだろう。

 私は、半分無意識にコガネの下に向かって――イロニム相手に不覚を取った。

 脱兎の心得も忘れ、バニースーツを剥ぎ取られてしまった。


 そう。剥ぎ取られてしまったのだ。

 つまり、私はもうバニーガールではない。


 バニーガールでない私は、何の力も持たないただの女で、布団に足を取られてこけてしまうくらいに運動神経も低下していた。

 力の入らないか弱い腕をぎゅっと抱き、しかもその力のなさに改めて震えてくる。


 ステータスを見れば、INT以外は軒並み100を下回っていた。

 私は、ヒバニンになってしまったのだ。世の中のヒバニンは、いつもこんなステータスで生きているのか、と初めて実感を伴って知った。



 私のバニーを剥いだイロニム相手に、コガネはずけずけと乱暴に話す。

 どうにも、イロニムも満月にあてられていたらしいが……私を、友達? そう言われても、今まで殺し合いをしていたイロニムだ。とてもそんな風には思えない。


「あ。当面はイロニムにお世話になるっぽいので、機嫌は損ねない方がいいですよ。今のナミミ様、いわば捕虜ですし」


 だがコガネにそう言われて、ヒバニンになってしまった私はイロニムの気まぐれで殺されてもおかしくないということに気付いてしまった。

 そもそも敗者である私が、勝者のイロニムに何か言うのは烏滸おこがましい。



「コガネはどうしてイロニム相手にそんなに気安く話せるのですか?」

「まぁ友達ですし。なんやかんやナミミ様の命までは取らないでくれたんで」

「いや、その。……今の私たちの生殺与奪は、彼女に握られているんですよ? 分かっていますかコガネ?」

「ん? それ、今までと何か変わりあります?」


 そう言われて、ハッとした。

 そうだ。コガネにとっては、生殺与奪を持つ者が私からイロニムに変わっただけ。


 今までと、何も、変わらないのだ。


 バニーガールという狂獣が、イロニムであろうと。私であろうと。コガネにとっては大差ない。ちょっとした気まぐれ次第で命は失われる。

 であれば、相手の好む言動をする、というのが、一番、生き残れる手段。


 私はまだ、コガネ程簡単には頭を切り替えられないけれど……

 そうあらねば、すぐに殺されてしまうのがヒバニンだったのだ。


「とりあえず朝ごはん食べる? 冷めちゃうし。あ、ナミミの服用意してきたからこれ着てね。いつまでも下着って訳にもいかないでしょ」

「えっと、ありがとう、ござい、ます……」


 バニー服ではない、ヒバニンの着るような――いいえ、ヒバニンの服を渡されて、私はそれを受け取った。

 コガネの前で、タイツすら履いていない下着姿だった。少しだけ恥ずかしく思ったけれど、それよりも、私の頭に不安がよぎった。


 ……コガネは、本当に私の事を好いていてくれたのか?

 化け物バニーガール相手に媚びを売っていただけなのではないのか。


 そう、気付いてしまった。




 コガネは今もまだ私の事を「ナミミ様」と様付けで呼んでくれている。

 どうしてか分からなかった。

 分からなかったので、私は聞いてみた。


「……その。私はもうバニーガールでなくなってしまいましたが、一緒にいてくれるのですか?」

「勿論です。というか、引っぺがされたナミミ様を人質に取られてホイホイ誘拐されたのが俺ですよ。な、誘拐犯?」

「その呼び方はやめてくれない? 事実だけどさぁ……」


 コガネは前向きにイロニム相手にも臆さず話す。

 きっと、それがイロニムの好む言動で。コガネは的確にそれを選んでいる。

 なんて賢い。INTやMNDでは計れない頭の良さだろう。


 一方で私には、バニーガールでなくなった私には、何が残っているだろうか。


「でも、私、もうコガネを守ることも、何かを与えることもできません。お金だってないのですよ?」

「お金くらい俺がニンジン屋やって稼ぎますって」


 そういって笑い、イロニム相手に交渉するコガネ。

 魔王軍四天王。一歩間違えれば、機嫌を損ねてしまえば、あっさりと殺されてもおかしくない相手に、堂々と。

 そして『ニンジン召喚』を使って色々と権利をもぎ取っていた。


 家賃は1日ニンジン1本――コガネにとっては、たった1MPだ。それで後から金を払えと言われる可能性を封殺してみせた。



 こうして私とコガネは、魔王の膝元、魔王城の城下町で暮らすことになった。

 ……ふたりきりで。


 もしコガネが私の事を恨んでいるのなら、何かするチャンスはいくらでもあるだろう。

 その時は、大人しく受け入れようと思う。だって私は、もう、バニーガールではないのだから。

 一方的だったとしても、私は、コガネの事が、多分好き、だったから。



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