軽量カップで異世界無双 〜計るだけじゃない戦いの始まり〜

縁肇

第1話 大学デビューで異世界デビュー?


「――ここは、どこ……?」

目を覚ますと、見知らぬ広大な森が広がっていました。頭上には青空が広がり、木々の枝葉が風に揺れています。太陽の光が木漏れ日となって降り注ぎ、心地よい暖かさが肌に伝わってきます。鳥のさえずりが響き、空気は清々しく澄んでいました。


しかし、その美しい景色に心を奪われる余裕はありませんでした。僕は一瞬、夢でも見ているのかと錯覚しましたが、足元の草の感触や、鼻をくすぐる土と草の匂いはあまりにも現実的です。


「確か、大学のコンパに誘われて……」


大学に入学したばかりの僕は、先輩たちに新入生歓迎会――いわゆるコンパに招待されました。ウェルカムドリンクと称して渡された飲み物を口にしたところまでは覚えています。あの飲み物、見たことのない色をしていたし、妙な味がしたな……。でも、その後の記憶がありません。気づけば、こんな森の中に立っているなんて。


「……整理しても訳が分からないな。もしかして、先輩たちのドッキリで森に放置されたとか?」


ラグビー部の先輩っぽい人からドリンクを受け取ったし、そういう悪ふざけもあり得るかもしれません。僕は携帯電話を取り出して確認しますが、電波がありません。絶望的な状況に、太い幹に寄りかかって項垂れました。


「こんな原始林で誰にも見つからずに孤独死とか、冗談じゃない……」


不安に押しつぶされそうになり、勢いよくしゃがみ込むと、何かが転がる音がしました。


「あれ……なんで?」


足元を見ると、見慣れた軽量カップがありました。それは百均で購入し、普段料理の際に使っていたものです。台所の水切り台にあるはずの物が、なぜ今ポケットにあるのか分かりません。僕はカップを手に取り、しばらく考えましたが、結論には至りませんでした。


「とにかく、ここから脱出しないと……」


その時、森の奥から微かな物音が聞こえました。ハッとして、音のする方向を見つめます。葉が揺れる音、木の枝が折れる音――誰かが近づいてくる気配。


「誰かいるのですか?」


やがて、木々の間から人影が現れました。それはエルフの少女でした。透き通るような白い肌、長い金髪、そして鋭い青い瞳。初めて見るその美しさに、思わず息を呑みました。しかし、彼女の態度は冷たく、氷のような視線を向けてきます。


「貴方、何者?」


「何者って……ただの学生ですが。あなたは誰ですか?」


強がってみせるものの、彼女の鋭い視線に圧倒されます。


「私はルナ。この森の管理者よ」


彼女は僕の手にある軽量カップに目を留め、さらに警戒心を強めました。


「その道具……妙な輝きね。まさか、邪神の手先じゃないでしょうね?」


「邪神の手先? そんなの知りません!」


「信用できないわ」


ルナは冷たく突き放すと、弓を引き、矢を僕に向けました。その動作はあまりにも自然で、まるで訓練された兵士のようです。身震いし、後ずさりしてしまいます。


「ま、待ってください! 本当に知らないんです! 僕はただ、いきなりこんなところに飛ばされただけで……」


必死に弁解しますが、彼女の冷たい目は僕を射抜くように見つめ続けます。


「だったら試練を受けてもらうわ」


心臓が激しく鼓動するのを感じながら、僕は真剣な目で彼女を見返しました。何も知らないし、悪いこともしていません。でも、彼女の冷徹な態度が不安を増幅させます。


数瞬の沈黙の後、ルナは弓を下ろしました。しかし、その目にはまだ疑念が残っています。


「もし、あなたが邪神の手先だと分かれば、その時は容赦しない」


ひとまず命が助かったことに安堵するものの、彼女の言葉が胸に重く響きます。僕は再び彼女を見つめ、その美しさに心を奪われながらも、現実に引き戻されました。


「それで、ここは一体どこなんでしょうか? さっき勇者とか邪神とかおっしゃっていましたが、どういうことですか?」


不安を消し去りたくて質問を重ねますが、ルナは答えず、ただ無言で僕を睨んでいます。


彼女の後ろをついて行きますが、互いに無言のまま森の奥へ進みます。足元の枯葉がカサカサと音を立て、遠くからは鳥の鳴き声が響いてきます。しかし、その静寂がかえって緊張感を高めていました。


「どうしても話してくれないのですか?」


たまらず不安と焦りが混じった声で問いかけます。彼女は一瞬立ち止まり、深く息を吐くと重い口を開きました。


「あなたが勇者であり、害がないと分かるまで何も話せない。でも、私の質問に答えてくれるなら、いくつか応じるわ」


ルナが微笑むと、少しだけ緊張が解けた気がしました。彼女は質問を始めます。


「ではシオン、簡単な自己紹介とここへ来た理由を説明してもらえる?」


「はい! 僕はシオンと申します。18歳で、大学に入学したばかりです。先輩たちに誘われて、新入生歓迎会に参加していたのですが、気がついたらここにいて……」


ルナは首をかしげました。彼女が異世界の人間であることを思い出し、僕は補足します。


「大学というのは、僕の世界で高等教育を受けるための学校です。新入生歓迎会は、新しく入学した人たちを歓迎するための集まりで、先輩たちが企画してくれました。ウェルカムドリンクというのは、その際に振る舞われる飲み物です」


「なるほど、異世界から来たのね」


彼女は腕を組み、僕を見つめました。


「君のことはだいたい分かったわ。じゃあ、私の自己紹介をするわね」


ルナは姿勢を正し、凛とした声で言いました。


「ルナ・シュッセシタイナー、486歳。森の守護者であり、絶世の美女で、いずれ村の頂点になる存在です。そのために、村でほくそ笑むあの傲慢エルフを蹴落とす所存です!」


その宣言に、僕は一瞬言葉を失いました。486歳……? エルフだから長寿なのは理解できますが、彼女の見た目は20代前半にしか見えません。そして、自分を絶世の美女と称するその自信。さらに、村の頂点になるために誰かを蹴落とすと言っています。小さい胸から想像も出来ない野望が飛び出したなと口から出そうになったのを手で抑えます。


「そ、そうですか。ルナさんはとても目標が明確なんですね」


「もちろんよ。私には成し遂げたいことがあるの」


彼女の目は燃えるような情熱に満ちていました。


「それで、さっきの質問に戻るけれど、ここはアルテナの森。この世界では、邪神が魔物をばら撒いて人々を脅かしているの。勇者はその邪神に立ち向かう唯一の存在よ」


「勇者……ですか」


僕は自分がその勇者に該当するのか疑問に思いましたが、彼女の話を黙って聞くことにしました。


「あなたが本当に勇者かどうかは、これからの試練で明らかになるわ。もし勇者でなければ……」


ルナは意味深な微笑みを浮かべました。


「わ、分かりました。全力で頑張ります」


しばらく歩くと、森の中にぽっかりと開けた空間が現れました。大きな木々が円を描くように立ち並び、中央には石造りの祭壇があります。足を踏み入れた瞬間、背筋に冷たいものが走りました。


「ここが試練の場よ」


突然、お腹が鳴りました。ルナは小さなため息をつくと、


「まずは腹ごしらえをしましょう。私は辺りの警備と食材の調達に行くから、小屋で待っていてくれる?」


彼女が指差すと、立派な丸太小屋がありました。高床式で窓には鉄格子が施され、防犯対策も万全です。誘われるようにふらふらと小屋に入りました。


ルナが警備で出て行った後、僕は改めて小屋の中を見回しました。ベッドやタンス、そして調理器具が一通り揃っている。窓から差し込む光が、木製のテーブルや棚を柔らかく照らしていました。


「よし、何か食事を作ってみよう」


料理は僕の数少ない得意分野の一つだ。特にカレーは自信がある。異世界の食材でどこまで再現できるか分からないけど、ルナに喜んでもらえたら、少しは信頼してもらえるかもしれない。


ただ、問題は食材だ。小屋の中を探してみたが、見慣れた食材は見当たらない。棚には乾燥したハーブや見知らぬ穀物が入った瓶が並んでいる。


「やっぱり、自分で集めるしかないか」


ルナには外に出るなと言われたけど、彼女のために美味しい料理を作りたい。そう思い立ち、意を決して小屋を出ることにした。


外に出ると、森の静けさが耳に染み込んでくる。鳥のさえずりや風に揺れる葉の音が心地よい。僕はポケットに入っている軽量カップを取り出した。


「このカップ、何か特別な力があるみたいだけど……」


先ほどから微かに温かさを感じる。試しに近くの植物にかざしてみると、頭の中に声が響いた。


【鑑定しますか?】


「はい、お願いします」


すると、その植物の情報が頭の中に流れ込んできた。


「『サンライトベリー:甘酸っぱい味の果実。ビタミン豊富で疲労回復に効果あり』か。デザートに使えそうだな」


これは便利だ。この軽量カップがあれば、未知の食材でも安全に調理できるかもしれない。


森の中を歩きながら、僕はさまざまな食材を探し始めた。


まず目に留まったのは、深い青色の巨大な花を咲かせた植物。


「これは何だろう?」


軽量カップをかざして鑑定する。


「『ブルーフラッシュリーフ:加熱するとピリピリとした痺れを与えるスパイス。少量で料理に刺激を加える』。おお、これはまさにカレーのスパイスになる!」


慎重に葉を摘み取り、持っていた袋に入れる。


次に見つけたのは、赤紫色の大きなキノコの群生。


「見た目はちょっと不気味だけど……」


鑑定してみる。


「『クリムゾンマッシュ:濃厚な旨味を持つキノコ。スープやソースのベースに最適』。これは使える!」


数個のキノコを丁寧に収穫する。


さらに森を進むと、奇妙な形をした果実がぶら下がっている木を発見。


「これは……?」


軽量カップで鑑定。


「『ビーストプラム:肉のような食感と風味を持つ果実。植物性のタンパク源として利用可能』。まさに肉の代わりになるじゃないか!」


ビーストプラムをいくつか収穫し、袋に入れる。


他にも、香り豊かなハーブや鮮やかな色の野菜のようなものを見つけ、軽量カップで安全性と味を確認しながら集めていく。何かと光る石に引っ掛かったり大変だったけど早く作りたかったので急いだ。


小屋に戻ると、早速調理に取りかかった。まずはクリムゾンマッシュを使って出汁を取ることにする。


キノコを丁寧に水洗いし、薄切りにする。鍋に水を張り、キノコを入れて弱火でじっくり煮込む。しばらくすると、深いコクのある香りが漂ってきた。


「いい感じだ」


次に、ビーストプラムを一口大に切る。その断面はまるで肉のようで、ほんのりと甘い香りがする。フライパンに少量の油を熱し、ビーストプラムを炒め始めた。表面に焼き色がつき、香ばしい香りが広がる。


「これなら本当に肉の代わりになりそうだ」


炒めたビーストプラムを鍋に加え、さらに煮込む。次はスパイスだ。


ブルーフラッシュリーフは乾燥させてから砕くと効果が高まると鑑定結果にあったので、細かく刻んでから石臼で挽く。すると、鮮烈な香りが立ち上った。


「これを入れれば、スパイシーな風味が出せるはず」


スパイスを鍋に加え、塩や他のハーブで味を調整する。スープが徐々に黄金色に変わり、カレーらしい見た目になってきた。


味見をしてみると、ピリッとした刺激と深い旨味が絶妙に調和している。


「これは……想像以上に美味しい!」


仕上げに、サンライトベリーを使ったソースを作ることにした。果実を潰して砂糖と煮詰め、甘酸っぱいソースを作る。これをデザートとして添えれば、完璧な食事になるだろう。


テーブルを整え、器にカレースープを盛り付ける。彩りを添えるために、先ほど集めた緑色のハーブを散らした。


「ルナさん、喜んでくれるといいな」


しかし、ふと我に返る。僕はルナに外に出るなと言われていた。それに、彼女がこの料理を受け入れてくれるかは分からない。異世界の人々の味覚が日本と同じとは限らないのだ。


「まあ、せっかく作ったんだし、食べてもらおう」


しばらくすると、ルナが小屋に戻ってきた。彼女は何かを考えているのか、少し疲れた表情をしている。


「ただいま、シオン。何か進展はあった?」


「お疲れ様です、ルナさん。実は、カレースープを作ってみたんです。よかったら食べてみてください」


僕は笑顔で彼女に器を差し出した。


しかし、ルナはスープの匂いを嗅いだ瞬間、顔をしかめた。


「この匂いは何?」


「あ、カレーという料理で、日本では一般的な……」


「この刺激臭、一体何を入れたの?」


彼女の目が鋭く光る。


「えっと、森で見つけたブルーフラッシュリーフやクリムゾンマッシュを使って……」


「ブルーフラッシュリーフ? それは慎重に扱わないと危険なスパイスよ!」


「え? そうなんですか?」


僕は驚いて彼女を見つめた。


「少量ならともかく、過剰に摂取すると体に害を及ぼすわ。あなた、まさか私を毒殺しようとしているの?」


「違います! 本当にそんなつもりは!」


彼女は再び弓を取り出し、矢を僕に向けた。


「やはり、あなたは邪神の手先ね。こんな怪しい料理で私を倒そうとするなんて!」


「誤解です! ただ、喜んでもらいたくて……」


必死に弁解する僕。しかし、彼女の疑念は深まるばかりだった。


その時、外から不気味な遠吠えが聞こえてきた。ルナは瞬時に外の気配に意識を向ける。


「この声は……魔物?」


彼女は窓の外を覗き込み、表情を険しくした。


「まずいわ、魔物の群れがこちらに向かってきている」


「えっ?」


僕も窓から外を見ると、闇の中から赤い目がいくつもこちらを睨んでいるのが見えた。


「どうしてこんな場所に魔物が……結界石があるはずなのに」


彼女がそう言った瞬間、僕ははっとした。


「もしかして……」


「何か心当たりがあるの?」


「実は、食材を探しているときに、光る石にぶつかってしまって……位置がずれてしまったかもしれません」


ルナは僕を鋭く睨んだ。


「なんてことを! 結界が乱れたせいで魔物が侵入してきたのよ!」


「すみません、本当に知らなくて……」


「後で話を聞くわ。今は魔物の対処が先決よ」


彼女は矢を構え、扉の前に立った。


「僕も何かできることは……」


そう言いながら、先ほどのカレースープに目を向けた。軽量カップを手に取り、再びスープを鑑定してみる。


【『毒性カレースープ:誤った調合により毒性を持ったスープ。摂取すると麻痺効果を与える』】


「毒性を持ってる……?」


驚きつつも、これを逆手に取れるかもしれないと閃いた。


「ルナさん! このスープ、魔物に使えるかもしれません!」


彼女は一瞬振り返り、疑わしげな目を向けた。


「どういうこと?」


「このスープには麻痺効果があるみたいです。これを魔物に浴びせれば動きを止められるかも!」


彼女は考える素振りを見せた後、頷いた。


「分かった。やってみましょう」


僕は鍋を持ち上げ、扉の前に立った。ルナが扉を少し開け、魔物たちが顔を覗かせた瞬間、僕は勢いよくスープをぶちまけた。


熱いスープが魔物たちにかかり、彼らは驚いたように悲鳴を上げた。そして、その場で体を震わせ、動きが鈍くなっていく。


「効いてる!」


しかし、リーダー格の大きな魔物はスープを避け、こちらに突進してきた。


「まずい!」


ルナが矢を放つが、魔物は俊敏にそれを避ける。


「シオン、下がって!」


彼女は僕の前に立ち、次の矢を番えた。しかし、魔物はすでに目の前まで迫っている。


「くそっ!」


咄嗟に僕は軽量カップを魔物に向かって投げつけた。カップは魔物の額に直撃し、一瞬だけ動きが止まった。


「今よ!」


ルナが放った矢が魔物の胸に突き刺さり、ついに倒れる。


「やった……」


僕たちはしばらくその場に立ち尽くし、深い息をついた。


「今回は助かったわね」


ルナは矢を収め、僕に向き直った。


「シオン、誤解していたわ。あなたが邪神の手先ではないこと、信じるわ」


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」


彼女は微笑みを浮かべた。


「あなたのカレー、危険だったけど、そのおかげで助かったわ。次はちゃんとした料理を教えてもらえるかしら?」


「はい、ぜひ!」


僕たちは小屋に戻り、再びカレーの作り方を見直すことにした。彼女と協力して、安全な食材で新たなカレーを作る。それはとても美味しく、彼女も満足してくれた。


「これが本来のカレーなのね。とても美味しいわ」


「喜んでもらえて嬉しいです」


こうして僕たちは少しずつ信頼関係を築き始めた。そして、これから待ち受ける試練に向けて、共に歩む決意を新たにするのだった。

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