第32話 100から先は数えてない
「ふ~ん、人間かい? 美味しそうな匂いだね」
その声の主は肌は暗く、目と髪は真黒で、着ているものも全身黒づくめの若い男だった。
それがゆっくりと歩いて近寄ってくる。
どっから来やがった?
決してミソロジーデリシャスオークのハンバーグのあまりの美味しさで周囲の警戒を怠ったわけではない。
俺の警戒の枠外から急に潜り込んできた感じだ。
そうか……たぶんこれは転移だな。俺が使っているものと同じ感じだ。
「あなたは……いや、そんな……」
そいつの姿を捕らえたエフィーが混乱しているということは魔物がわか……でも、これまでは見下すような喋り方だったのに、今現れたやつにたいして”あなた"とか言ってるな……。旦那とか?
「ふ~ん、斬魔精かい? 人と群れるとは予想外だが、魔物と戦う上では良い手だな」
「怒らないの?」
「そんな狭量なことはしないさ。使えるものは使う。基本だね。それで……それ、僕にもくれないか?」
「はい……なの」
エフィがハンバーグが入った器をそいつに差し出す。
食いたいって言うならまぁいいかと思った俺は、フォークを貸してやった。
なんで自然に接してるんだ?
どういうことだ?
「ふん、ありがとう……。これ凄っごく美味しいね。君が作ったのか。褒めてやろう」
「あっ、あぁ……」
力の底は全く読めない上に、体が勝手に動いてそいつの器に肉を追加し、持っていた飲み物を渡し、さらにアイスまでサーブした。
俺は何をしている。
「う~ん、美味しかった。ご馳走様でした」
そいつは本当にうまそうに、ゆっくりとした優雅さすら感じる動作で肉を喰らい、食後のデザートまでたいらげやがった。
「貴様は!?」
「ん?」
動くことができなくなっている俺の横で、ハンバーグを喰って吐き倒していたリーダーが復活したのか膝に手をついて立ち上がり、目の前の黒い男を見て驚きの声をあげた。
知り合いか?
「貴様! よくものこのこと現れたな! 覚悟!!!」
そして叫びながら剣を構えて飛び掛かった。
いや、無理だ。
力の底すら見いだせない相手に、高位ダンジョンを踏破できないレベルで太刀打ちなんかできるはずがない。
だが、俺の身体も動かない。止めてやりたいが……。
「せっかくの食事の前で無粋な真似はしたくないんだ。大人しくしていてくれ」
俺は世界ダンジョン協会の5人は瞬殺されることを覚悟したが、黒い男は無力化して地面に転がしただけで殺したりしなかった。
ダメージを与えてすらいないように見える。
「君に免じて彼らは殺さないであげるよ。じゃあね」
そう言って黒い男は去ろうとするが……。
「待ってくれ。お前は誰だ?」
「僕かい? 僕は……なんて言えばいいのかな? ショックを受けてしまうかもしれないけど、そこの斬魔精や魔物たちは"魔神"と呼ぶね」
「はっ?」
魔神だと……?
って、びっくりしてみたけど、魔神ってなんだっけ?
「あははは。その顔はわかってないね」
大正解だ。
「僕は魔神。あるものは堕ちたる神とも言うね」
「神と魔の狭間の?」
「あぁ、斬魔精から聞いたか? その通りだよ」
「なぜその魔神がこんなところに?」
「大した理由はないよ? でも、僕が転移させたエンペラーマンティスを倒した子には会ってみたかったしね」
「転移させただと?」
魔神が軽々しく言い放った言葉はなかなか強烈なものだった。
ということはこいつが元凶か?
「あぁ、転移させたよ? そういう役割だからね」
「どういうことだ?」
何かしら決まっていたことをやっただけとか、そういうことなんだろうか?
魔神には全く気負いはなく、嘘をついているようでもない。
「君たち……いや、君は高位ダンジョンの100層をクリアしたことがあるだろう? そして101層に行った。そうでしょ?」
「あぁ、東京ダンジョンの101層に入った。先には進んでいないが」
「それがトリガーってやつだね。各地のモンスターを入れ替えたのものそうさ」
「なんのために?」
「それは言えないな。そもそもダンジョンがあることすら君たちに取っては意味不明だろ? なのにその中で起こることを全部知るなんてことはおこがましいと思わないかい?」
「それは確かにそうだが……」
なんか言いくるめられてるか?
わからない。
最初は恐ろしく感じたが、最初だけだった。
明らかに禍々しい魔力を放っているし、"魔神"なんて称されているにもかかわらず、その言葉に無意識に従ってしまう。
「君は人にしては期待できそうだ」
「俺は……人なのか?」
「人の腹から生まれたのだから人だ。それ以外に何がある? 期待してるから頑張るといい」
なぜか優しい目を向けられているのがわかる。
こいつはなにがしたいんだ?
「ダンジョンを創って、ある程度は制御しているから、今まで通りクリアしていってね。たまに制御不能に陥るけど、そこは頑張って。報酬を得るんだからそこは必要なことだよ」
それはわかるが、結局何も新しい情報はない。せいぜいこの魔神がダンジョンを創ったことだけだ。
「ちなみに東京ダンジョンって何層あるんだ?」
「100から先は数えてない」
「おい……」
ヤッた女の数とか聞いてんじゃねぇんだよ。
「ん? へぇ、僕に逆らうのかい?」
「今、沖田に手を出そうとしたの。それはやめてほしいの」
ふとエフィーが飛び上がって何かを叩き落とした。
魔神が何かしようとしたのか?
「害そうとしたわけじゃない。ちょっと探ろうとしただけだったけど、まぁいいや。じゃあね。また美味しそうなものを作ってたら食べにくるよ」
「あっ」
俺たちを害そうとしたわけじゃないのはわかる。いや……なぜか俺はそれを信じている。気持ち悪い。
そしてあまり嬉しくない言葉を残して魔神は去って行った。
俺とエフィーとリーダー以外、誰も喋らないなと思っていたが、みんな気圧されていたらしい。
その圧力はなくなったので、俺たちは無事に100層ボスを撃破して帰還した。
ちなみに100層ボスはアンリミテッドピーチオークとかいうモンスターだったから薄くスライスしてしゃぶしゃぶにしたんだが、当然俺とエフィー以外喰わなかった。
脳が溶けそうなほど美味しいのに……。
次の更新予定
世界を救うためのダンジョン探索から帰ってきたら恋人は寝取られ、探索失敗の責任を押し付けられたからブチ切れて日本最強パーティから脱退したら、あいつら勝手に自滅していった 蒼井星空 @lordwind777
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