序章 03 女性刑事との出会い

 黒いセダンから降りて来たのは、大柄な背広姿の男性と長身のパンツ・スーツ姿の女性であった。二人とも『機動捜査』と書かれた腕章をつけていた。男性は四十代半ばぐらいだ。厳しい表情で舞の姿を見据えている。一方の女性捜査員は、舞の緊張を解くためだろう。優し気な眼差しで舞に近付いてきた。二人が舞に警察手帳を見せる。

男性は巡査長・緒方佐助(おがたさすけ)、女性は警部補・喜多川俊子(きたがわとしこ)と記されていた。舞は瞬時に二人の名前を記憶し、脳の海馬にストックした。

どう見ても、喜多川のほうが若く見える。昇進試験に強い二十代の女と、ベテランだが試験に弱い叩き上げの中年男性のコンビ、という構図が思い浮かんだ。

喜多川が穏やかな口調で舞に質問を始める。

「お時間よろしいですか? 通報者の宇田川舞さんですね?」

 舞はスマホ画面の時間を見る。

「六時半には帰宅したいのです。七時半には出勤しますので」

 会話は録音されるのだろう。緒方が何やらポケットをまさぐり、イヤホンの位置を確かめた。喜多川の質問が続く。

「犯人は、この辺りでよく見かけましたか? 寝間着のまま、ということは、この近所に住んでいる可能性が高そうなので」

 舞は過去のウォーキング風景を反芻する。

「記憶にありませんね。初めて見るお嬢さんだと思います」

 続いて、緒方が口を開く。

「第一発見者なのに、冷静ですねぇ。現場を見慣れているのですか? 死体の脈も取って、勇敢ですよね」

 緒方の口調は、いかつい外見と裏腹に穏やかだった。

「今日の犯人のような行動を取る人は職業柄、見慣れていますので」

 舞が事情聴取を受けている数分の間に、現場は騒々しくなった。静寂と狂気に満ちていた現場は、制服姿の警官が黄色い現場保存テープを張り巡らしていた。

舞は喜多川と緒方から視線を逸らし、現場に顔を向けてみた。機動鑑識隊員が、現場写真を撮影している。その後ろでは救急隊員がストレッチャーを準備して待ち構えている。

遠目には、パジャマ姿のまま駆けつけた近所の野次馬で人だかりが形成され始めていた。

舞は再び、喜多川と緒方に向き直った。

「犯人は、何らかの精神病患者だと思うのです。例えば夢遊病とか、薬の副作用とか」

 喜多川が努めて優しく口を開く。

「被疑者の取調べの際、参考にさせていただきます。朝の忙しい時にどうも。自宅まで送らせていただきます」

 舞が染井吉野の根元を見ると、白い女はまだ昏睡状態なのだろう。誰も触ろうとはせず、数名の警察官に見守られていた。

 舞が見た光景は、本当に殺害現場なのか? 白い薄絹を纏った天女のように美しい殺人鬼は何者なのか? 間もなく到着する検視官は、この状況をどう判断するのか?

 この場に残って見届けるわけにはいかないが、舞には「白い女は無罪だ」という直感があった。

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