第7話

 気がつけば、私はヒンギス国宮殿に戻っていた。普段暮らしている豪華なベッドで横たわっていたのだ。


 ふと見るとベッド脇にレオン王子がいた。


「良かった。意識を取り戻したのですね」


 ぼんやりと記憶がよみがえってきた。


「私が無責任なことを言ったばかりに、アウレリアを危険な目に合わせてしまって」


 無責任なこととは、なんのことだろう。


 結界修復のことだろうか……。


 そう思い出すと、一気に記憶が戻った。


「村の結界はどうなったのですか?」


「それが……」

 レオン王子の表情は硬い。


「やっぱり、結界は修復できなかったのね」


「それが……、実は、閉じたのです」


「えっ?」


「チグリ村の結界は無事に修復されました」


「結界が、修復された……」


「アウレリアが倒れると同時に穴が消えました。あなたの力で結界が閉じたのです」


「……」


「アウレリア、もうこれで間違いありません。結界を修復できたということは、つまりあなたは聖女なのです」


「そんな、真の聖女はメルーサだったのよ。私ではないわ」


「そのメルーサですが、あなたに恐ろしい指輪とブレスレットを贈っています。指輪であなたの魔力を弱め、ブレスレットで殺害しようとしたのです」


「メルーサは魔法学校時代からの仲の良い後輩よ。私を殺そうとするなんて考えられないわ」


「魔法学校時代でも、メルーサはあなたほど優秀ではありませんでした。そのメルーサが聖女だなんて、これには必ず何か裏があります。この指輪とブレスレットで何かわかるかもしれません」


「レオン王子は……、メルーサの学生時代を知っているの?」


「ええ、それはまあ」

 王子は言葉を濁すと話を続けた。

「とりあえず、メルーサは危険な魔法使いです。今後のためにも、彼女のことは調べ続ける必要がありそうです」


 私を喜ばせようと、毎日珍しいお菓子を持ってきてくれたメルーサが、私を殺そうとしていたなんて。

 簡単に受け入れられる話ではない。


「話はここまでにしましょう。今は何も考えずにゆっくりと休んでください」

 そう言うとレオン王子は、私のおでこに手を当てた。

「熱はありませんね」


 王子に触れられ、不覚にも気持ちが高まった。そんな自分をごまかすため、私はこう答えた。

「あるわよ。熱がなければ死んでしまうでしょ」

 

「古典的な切り返しですね」


 レオン王子は楽しそうな顔をした。そして私から離れると、そのままくるりと背中を向けた。

 やはりレオン王子はいつもキラキラと輝いている。私は目のやり場に困っていたが、後ろ姿なら視線を外す必要はない。じっと王子の脊中を見つめ続けた。

 王子が部屋を出ていく姿を目で追いながら、私は大きく息を吐いたのだった。


  ※ ※ ※


 チグリ村の結界を修復して三ヶ月が経った時、良くない話が耳に入ってきた。


 隣国のドミール王国、つまりは私が生まれ育った国の結界が、破れてしまったというのだ。

 ただ、幸いにもホールは小さく、今のうちに修復しておけば大きな被害は出ないそうだ。


 ドミール王国には聖女メルーサがいる。

 彼女の力をもってすれば、その程度の結界なら簡単に修復してしまうだろう。


「アウレリア、ドミール王国から招待状が届いたよ。なんでも結界修復のための式典を開くらしい」

 最近、レオン王子は頻繁に私の部屋へやってくる。


「修復の式典?」


「各国の要人を招いて、その前で結界を修復するそうだ。聖女の力を見せつけ、国力を誇示するのが狙いだろうね」


 いくら小さくとも結界が破れるなど、国の一大事なはずなのに、それを式典にして利用するだなんて。

 考え方がずれていると思ったが、あのファルカン王子ならやりそうなことだ。


「アウレリア、私と一緒に式典に出てくれないか?」


「生まれ育った国なので、行ってみたいけれど……」


 しかし私はファルカン王子に国を追われた身。しかも、誰かから命まで狙われている身でもある。


「なんだか怖い気がする」


「式典には、魔法省の人間も参加するはずだ。さすがにこの日は、ドミール王国もおとなしくしているはずだよ。もし魔法省に目をつけられたら、大変なことになるからね」


 確かに、絶対的な権力を保有する魔法省の前で悪事など働いたなら、国の存続にも関わる一大事になってしまう。

 逆に、魔法省の前で、メルーサが結界を閉じ、聖女の力を示せば、ドミール王国は魔法省という強力な後ろ盾を持つことになる。


 この日ばかりは、ドミール王国が私に対して何かを企てることはなさそうだ。


「アウレリアのことは、私が責任を持って守るよ。それに指輪についてどうしても確認したいことがあって、それには式典が良い機会なんだ」


 チグリ村の結界を閉じてから、私は指輪を以前のように右手中指にはめている。

 指輪が誰の陰謀なのかはっきりするまで、安易に外さない方がいいというレオン王子の意見に従っているのだ。


「あの指輪のことは、かなり分かってきている。だから、式典の日にはっきりさせようと思っている。アウレリアはあの指輪を付けて、私と一緒に出席してほしいんだ」


 レオン王子の言葉には、不思議と私を安心させる力がある。


「わかった。レオン王子と一緒なら参加するわ」


「私は必ず君を守るから」


 こうして私は、以前と同じく魔力の乏しい魔法使いのままで、生まれ育ったドミール王国に戻ったのだった。


  ※ ※ ※


 式典には予想通り各国の要人が呼ばれていた。

 その中にはレオン王子の言う通り、魔法省の人間も三名含まれていた。私は密かに、魔法学校時代に同級生だったセロではないかと期待したが、魔法省の人たちは明らかに私より年上の人ばかりで、残念ながらそこにセロの姿はなかった。


 そんな魔法省の人たちが陣取る場所から一段下にある招待席に、私とレオン王子の席が設けられていた。私たちはその席に座り、式が始まるのをじっと待っていた。

 後方には、民衆が城の庭園を埋め尽くしており、庭園に入りきれない人々が大通りにまであふれていた。


「アウレリアお姉様!」


 後ろから明るい声が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、見慣れた女性が立っていた。


「お姉様、お元気そうで何よりです」


「あなたもね、メルーサ」


 聖女メルーサは、ちらりと私の左手首を見た。ブレスレットを付けられていないことを確認しているようだった。


「少しお痩せになりましたね。何かあちらで、ご苦労でもあったのですか?」


「そんなことはないわ。ヒンギスでは、とても良くしてもらっているの。痩せたのはダイエットしたからよ」


「ダイエット! そんなことしなくても、以前のほうが健康的でお美しかったのに。またお菓子をお届けしないといけませんね」


 そう言いながら、聖女メルーサの視線はわずかだが私の右手中指に移った。

 間違いなかった。

 メルーサは、指輪を確認しているのだ。


 メルーサの行動を注意深く観察していると、確かに怪しい点が見えてきた。

 やはりメルーサは、何も知らずに魔道具を私にプレゼントしたのではないようだ。何か良からぬ企みを持っていた可能性がある。


「メルーサ、こんなところで何をしているんだ」


 不意に男性の声が飛び込んできた。

 見ると、ファルカン王子が氷のように冷たい表情で立っていた。


「今から聖女としての大切な行事があるんだ。さあ、こんな他国の女と関わっている暇などないぞ」

 

 急に現れたファルカン王子を前にして、私が何も話せずにいると、隣にいたレオン王子が立ち上がり挨拶を始めた。


「ファルカン王子、本日はお招きいただきありがとうございます」


「これはこれはレオン王子、ご来場ありがとうございます」

 二人は握手を交わし、ファルカン王子が私に視線を向けた。

「しかし、レオン王子もご趣味が悪いですね。アウレリアは、偽聖女ですよ。こんな女を引き取っても、ヒンギス国の結界は修復できませんよ」


「いえ、おかげさまで、結界は修復できました」


「またまたご冗談を。このアウレリアは聖女のフリをして僕に近づいてきた強欲な女です。レオン王子も気をつけたほうがいいですよ」


「そうですか。私にはアウレリアが強欲だなんてとても見えませんが」


「そのうちに分かりますよ」


 ファルカン王子はそう言い残すと、メルーサを連れてさっさと立ち去っていった。

 去り際に、ファルカン王子はなぜかチラリと私の指輪を見たような気がした。


 その後、ファルカン王子とメルーサは、各国から招待した要人たちに挨拶をすませると、遠くからでも一望できる舞台の上に登場した。


 集まる人々を見下ろしながら、ファルカン王子は声を上げた。


「さあ、我がドミール王国に誕生しました新聖女メルーサを、今から皆さまに紹介いたします!」


 民衆の歓声が沸き起こる中、メルーサが王子の横に並んだ。


「なんの因果か、現在我がドミール王国の結界が破られております。しかし安心してほしい。まだホールは小さなもので、今のうちに閉じれば、我が国が隣国であるヒンギス国のように苦しむこともありません。ちょうどいい機会ですので、これから皆さまに聖女メルーサの力をご披露し、この場で結界を閉じてみせましょう」


 ファルカン王子の言葉に、民衆たちは拍手喝采でこたえた。


「さあメルーサ、君の力を発揮する時がきた。皆の前で結界を修復して見せてくれ」


「わかりました。聖なる力をもってすれば、このくらいの穴など、簡単に閉じますわ」


 メルーサはさっと両手を広げ、空を見上げはじめた。

 民衆たちは静まり返り、固唾をのんでメルーサの動きに注目した。


 メルーサの身体が白い光で包まれた。


「おお、まさに聖女の輝きだ」

 来賓の一人が思わず声をもらした。


 そんな時だった。

 隣に座るレオンが思いもよらないことを私に言った。


「アウレリア、指輪を外してくれ」


「ここで? どうして?」


「理由はあとで述べるよ。今すぐに指輪を外してみて」


 理由もわからず、私は言われた通り右手人差し指にはめていた指輪を抜いた。

 痩せていたこともあり、指輪はスムーズに外すことができた。

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