第58話 私を殺す出鱈目な提案

 骨がひしゃげる音がした。龍の攻撃からノエルを庇ったホムラは、そのまま勢いよく弾き飛ばされたのだ。

 すかさずノエルはホムラの方へ駆け寄った。地面に倒れたホムラは満身創痍でかろうじて息がある状態だ。



「馬鹿なことをしたなッ」



 ノエルは厳しい表情のまま吐き捨てるように言った。いかに魔法使いが頑丈とはいえ、ホムラの行動は危険極まりない。あの状況でノエルを庇うような余裕はなかったはずだ。



「ふざけるなよ……なぜ私を庇った……!」



 あり得ない。仮にノエルが攻撃を食らったところで、魔人になって再び戦うだけだ。ノエルもそれが分かっているからこそ、ホムラに怒りを覚えている。



「なァノエル……ホムラだって」

「黙ってろ」



 デュランダルもそうだ。ホムラの思いと勝機を天秤に掛けて前者を選択した。ノエルの考えも痛いほど分かるが、ホムラを優先したのはひとえにデュランダルのエゴだ。そう自覚しているからこそ、ホムラの肩を持つことはできなかった。




「……だって、あのままじゃノエルが死んじゃうでしょ……」



 絞り出した言葉は、ただノエルの怒りに火を注ぐだけだった。



「はぁ!? ふざけるなッ! 私が死んで……だから何だ!?」

「ッ!!!」



 そうであるべきだった。

 ホムラの無茶に対してノエルが半ば見逃していたのも、少しでも勝機のある選択をしていたからだ。気持ちで言えば、ホムラには戦ってほしくなかった。それでも勝率が上がるならと渋々放置していたのだ。

 勝つための行動なら、ノエルも黙認していた。



 しかしこれは違う。ホムラがノエルを庇ったのは、非合理的な判断。ホムラのために身を削ったノエルの献身を水泡に帰すような愚かな行為だ。



 死にたいのか、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。もはや目の前にいるのは、ノエルの知る主人公ではないのだと悟ったから。



「もう少しで勝てたッ!! 分かるか? お前の行動で全部台無しだ!!!」



 怒りはある。が、それ以上にノエルを満たすのは恐怖だ。取り返しのつかないミスを犯してしまったような感覚。原作が変わってしまうのは避けなければいけない。主人公が死ぬなんて、あってはいけないのだから。



「違うッ、僕は! ノエルを助けたくて……!」



「…………そうか。じゃあ助けろ」



 そこでノエルの雰囲気が変わった。突然スイッチが切り替わったように、平坦なトーンのまま呟く。ノエルは無表情になってホムラに歩み寄る。膝をついて、そっとホムラの手を握った。

 据わった目をしたノエルは、全てを諦めた表情で言い放つ。




「私を、殺してくれ」



 剣の切っ先をそっと己の胸に当てて、じっとホムラの瞳を見つめている。ノエルは刃の部分を両手で強く掴んで、すっと心臓へと誘導するように動かした。



「……ぁ…………」

「私はな、ホムラ。お前の考えてることが分からないよ」



 そう言って自嘲気味に笑うノエル。結局のところ、最後まで彼の心情を理解することはできなかった。



「それでも、私を助けたいと思うなら……やってくれ」



 少し手を引き寄せるだけで、いとも簡単に刃が沈んでいく。



「ノエル……ッ! 僕は……そんなつもりじゃ……」

「情けない話、自分じゃできないんだ。…………少し怖い」



 嘘ではない。それにわざわざホムラに頼るのは、ここでホムラの意識を変えさせるためだ。なぜかホムラはノエルが傷つくことに強い忌避感がある。ならば荒治療でも、それを改めさせようとノエルは考える。

 ことによって、無理矢理にでも耐性を付けさせようとしているのだ。



「なぁ……傷が痛い。…………頼むよ」



 弱ったようなノエルの言葉が決め手になる。

 ホムラが震える手でゆっくりと柄を押すと、刃は驚くほどあっさりノエルの胸に吸い込まれていく。三度目の死は、それが原因だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る