第56話 魔法縛り(嘘)


 目の前にあるのは全身が骨で出来た巨大な白いドラゴン。これが例の骸骨龍スカルドラゴンか。近くで見ればなるほど、とんでもない迫力だ。



「……いろいろ聞きたいことはあるが……あと何分動ける?」

「もう腕も上がりません。気をつけてください! 魔法は使っちゃだめですよ!」

「はぁ!?」

「恐らく『樹心海』と似たような効果です!!」



 分かりやすくて助かるよ。要は魔法縛りってことね。



「…………帰っていい?」



 うわっ……私との相性、悪すぎ……?

 もし仮にあのドラゴンが『樹心海』だとしたら、私にできることは何もない。せいぜい自爆覚悟で一発お見舞いするだけだ。



『いいじゃん自爆で。どうせ死なないんだから』

『お前他人事だと思ってるだろ』



 やけに好戦的な水の大精霊セレストロードには耳を貸さない。最近すぐに私を殺そうとするよね。敵か?

 しかしまぁ覚悟をキメるか。アイがこんなに消耗するまで戦ったのだ。アイだけ身体を張るのも不公平だしね。私が渋々杖を取り出すと、後ろから鋭い声が飛んできた。




「ノエル!!!!」

「あ、あぁびっくりした。ホムラか」




 急に大声で呼ばれたので何事かと振り返ってみると、そこには我らが主人公がいた。

 ん~? アイさん? あなたたちの衣装、デザインが似てますねぇ。ペアルックですか???

 と、冗談はさておき。ホムラは見て分かるくらいにダメージを負っていた。きっと躊躇なく魔法を使ったんだろう。全身がボロボロだ。



「ノエルは下がってて。アイから聞いたでしょ? 間違っても魔法を使おうとは思わないでね」

「ホ、ホムラ……? 顔が怖いぞ?」

「し、心臓が止まるかと思いました……。よくあの説明で杖を出そうと思えましたね」



 静かに、丁寧な言葉だが強い意志を感じる。過去一の圧を感じるんだけど。



「止めるんだね、アイ」

「……ここでノエルに無茶をさせても無意味でしょう?」



 ふ、二人から複雑な雰囲気を感じる……! 私の知らない間に二人に何があったんだ。



「ホムラだって無茶してるだろ。この様子じゃ、迂闊に治癒呪文を掛けるわけにもいかないからなぁ」

「「ノエルは魔法を使わないで(ください)!!!」」



 分かった。分かったから。息ぴったりなの止めて?

 しかし猶予は少ないぞ。この傷の主人公を放置するのは流石にマズい。多少無茶してでもアイが動けるうちに早めに戦闘を切り上げないと。



「僕がやるよ。デュランダルと一緒に魔法を使ってる分、ダメージは少ないみたいだ」

「いや、いい。瞬殺すれば問題ないだろ?」



 アイは気づいたようだが、もう遅い。すでに杖は抜かれているんだから。



「どっちが先に倒れるか勝負だ。削り取れウラグティ



 これは賭けだ。

 主人公の容体が悪い以上、このまま逃げるという手もある。魔法使いにとってはそれほど重大でもないけど、治癒呪文が使えないとなると一気に危険度が増すから。

 というかそれができたら楽なんだけどね。あの龍の特性、私は呪いの類いだとみてる。確実を期すには、本体をここで倒さないといけない。

 戦うか逃げるか、私の判断で主人公の生死が決まる。私は勝てばいいさと自分に言い聞かせた。




 ◇



 鮮血が舞った。外傷ではない、龍の毒がノエルの身体を蝕んでいるのだ。龍の毒は魔法を使えば使うほど強くなる凶悪な仕様だが、そこに付け入る隙がある。手加減すればいいのだから。



「ノエルっ! もう限界ですよ!」

「別に、まだ余裕だよ」



 ノエルは見た目ほど追い詰められていない。口を開く度にあふれ出す血も、頭が割れるような激痛も、何てことはない。焦りはなかった。

 一番キツかったのは……何だったか、バルタザールに訓練で両足をもがれた時だ。あの時ノエルは知ったのだ、人は痛みでは死ぬことはないと。



 思い出すだけで寒気がする。しかし今はそこまで怖くない。一度死んだって、もう問題ないのだから。懸念があるとすれば、それはホムラの反応だった。原作とは違い、ノエルが魔人であることがホムラに露呈してしまった。ノエルが一番恐れたことは、それでホムラの態度が変わることだ。



 自分が忌むべき世界悪、魔人であること。それを隠していたと知られたとき、ホムラがどんな反応をするのか予測できない。ノエルは、ただそれが恐ろしく怖い。



 結論を言えば、それは杞憂だった。ホムラは自分の身を案じてくれたし、少なくともノエルが想像していたような態度をではなかったから。それだけでノエルは、もう一度死んだっていいと思えるのだ。

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