第47話 従僕の警戒(後編)


 ユーフェドラは優雅な仕草で足を組み替えると、無詠唱でテーブルの上にいくつかの資料を召喚する。

 極秘資料に施される印章で封印魔法が施されたそれは、どう見ても軍の内部資料だ。

 アルトバロンは眉を顰める。


「僕を信頼なさるには、いささか早計のように思えますが」

「心配しなくても、すべて開示しようってわけじゃない。それにヴォルクハイト第一皇子は、グラナート皇国よりもティアベル嬢を欲しがってるように見えたけど。違ったかな?」

「……その問いにはお答えしかねます」


 彼女が欲しい、と正直に言えるような立場にいないのは、アルトバロン自身がよくわかっている。


「あえてお答えするとするならば、……『お嬢様より大切なものなど、この世に存在しません』」

「へぇ? 言うねぇ」


 資料に手をかざしたユーフェドラの魔力に反応して、印章の上に小さな魔法陣が浮かび上がる。  

 すると、フォンッと風を振動させる音とともに最初の封印魔法が解除された。それを皮切りに魔法陣が幾重にも浮かび上がっては、次々に解除されていく。


「八年前の調査資料だ。ちょうど君とティアベル嬢も関わった――『脱法服従薬製造事件』のね」


 今から伝える事件のあらましを真実だと裏付ける証拠資料を、ユーフェドラはこちらに手渡した。

 アルトバロンはそれを受け取りながら口を開く。


「〝リリスの溜息〟に関する窃盗事件ですね。当時、旦那様からは、招待客であった伯爵夫妻に宛てた招待状を所持していた男女二人組が、変身薬で成りすまして不法侵入していたと聞きましたが」


「結果だけを言えばね」


 王国内の勢力関係を把握するため、アルトバロンも独自で調べてはいた。


「変身薬で成りすまされたのは、ブリッツ伯爵夫妻。夫人が第二王妃と遠縁の縁戚関係に当たる、第二王子派と呼ばれる派閥に属する貴族でしたね」


 第二王子派とは、隣国の第三王女である第一王妃の息子ではなく、由緒ある王国貴族出身の第二王妃の息子こそ次代の国王に相応しいと主張する者たちで構成されている。


(だが結局のところ、隣国出身の第一王妃を毛嫌いする『第二王妃派高位貴族の集まり』というのが本質のようだった)


 資料に目を落とし、内容を確認しても羅列された家名に相違はなさそうである。


「まず、事件の前提にあるのは〝幸福花茶〟の流行だ。今も上流階級のご婦人方の間で好まれているそうだけど、その流行の発端は第二王妃が好んだせいにある」

「噂では……第二王妃殿下は十年ほど前から塞ぎがちになったとか」


「正確には、親友のリアトリス・ディートグリムを魔力枯渇症で亡くしてからだ。国王陛下は当時、息子と同じ年齢の年若い妻を寵愛していてね。どうしても慰めたい一心で、王国一の商会を呼びつけた」


 それがアンデ商会の敏腕女商人、アルヴィナ・アンデ夫人。


「姐御肌で世話焼きなところがあったアンデ夫人は、泣き暮らす第二王妃に寄り添い、その効能と華やかな見た目から〝幸福花茶〟を勧めたんだ」


 その後、第二王妃主催のお茶会で〝幸福花茶〟が振る舞われたことにより、瞬く間に流行したという。


「第二王妃はもちろん、レグルスだって彼女のそばでそれを飲み続けていた。そこに目をつけたのが、過激派と呼ばれる貴族。過激派は脱法服従薬を使用して、レグルスを傀儡にすることを思いついたんだ」


「幼い第二王子を傀儡にするにはちょうど良い環境が揃った、と」


「そうなるね。王立魔法学院で温室から〝リリスの溜息〟が盗まれた事件では、外部犯のせいにして捜査を撹乱したかったみたいだけど」


 三師団にも古くから続く派閥がある。

 しかし、グレイフォードのような王太子派の捜査によって、〝リリスの溜息〟窃盗事件には過激派貴族たちの令息令嬢たちの関与が浮上した。

 その内容は、外部からの不法侵入を容易にするための魔道具の設置、担当教師の時間割や不在時間に関する情報提供などだ。


 けれども、ユーフェドラとグレイフォードはあえて、過激派の関与には気づかないフリをした。


「〝リリスの溜息〟は採取後の栽培が難しい。長期的な使用を望む彼らは栽培を成功させるためにも、量を欲しがるはず。そう踏んで、彼らの計画を逆手にとって、犯人を呼び込むついでに牽制しておくことにしたんだ」


 過激派の屋敷を出入りしている庭師が、酒場で一緒になった老齢の庭師に酒を奢って情報をあれこれ引き出そうとする中、

『闇の魔法を使う冥府の死神の屋敷だがなんだか知らないが、庭園の防犯魔法は普通の庭園となんら変わりねぇよ』

と上機嫌に情報を喋らせたりして。


「それがティアベルお嬢様の七歳の誕生日パーティーだったわけですね」

「ティアベル嬢には悪かったと思っているよ」


 おとなしく避難してくれると思っていたから、と彼は申し訳なさそうに眉を下げる。

 アルトバロンはふいっと顔をそらし、「それはいつかお嬢様に直接伝えてください」と一蹴する。


 そのまま資料を読み進めると、捕まった犯人は『金で雇われた』との証言があった。


 ブリッツ伯爵夫妻の方は、ティアベルの誕生日パーティーへ向かうために馬車で移動中、窃盗団に襲われている。その時に招待状や変身薬に必要な原材料、一頭立ての馬車を盗まれたとの主張だ。


(窃盗団を自ら雇った作為的な自演が認められたことから、ブリッツ伯爵夫妻は爵位剥奪後に隷属魔法の上、投獄。

彼らの証言により、過激派の上層部と言われていたヘラート侯爵邸から〝リリスの溜息〟が押収される。

そのヘラート侯爵も爵位を剥奪、隷属魔法を施された上で投獄。現在はどちらも国外追放か……)


 資料上では、この結末にて【『脱法服従薬製造事件』の捜査を終了する】となっている。



(とはいえ、過激派が一掃されたわけではない。ほとんど炎蜥蜴サラマンダーの尻尾切りみたいなものだ)


 資料によると学院生の令息令嬢らも、未成年だったこと、悪事に関与していた自覚がなかったこと、そして証拠不十分ということもあって……お咎めなしになっている。

 学院の理事会の力も働き、生徒たちは停学処分で済まされたらしい。


「過激派が被る損害が最少になるよう、最初から狙った犯行だったのは想像にたやすいですね」


「……残念ながらね。事件再発防止の対策として、違法薬の代替品が作れる妖精植物の流通規制をさらに強くしはしているけれど、規制が追いつかないのが現状だよ」


 それはそうだろう。魔法薬は常に研究されて新しいものが生み出されている。学会未発表の魔法薬や薬草だってあるはずだ。



 アルトバロンは、ユーフェドラの言わんとしていることに気がついた。


「ですがもし……アンデ商会が、あえて〝幸福花茶〟を流行させたのなら?」


「その通り。そのアンデ商会が、第二王妃へ向けて次に提案したのが――ハインエルフ社製の精油アロマオイルなんだ」


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