第31話 罰
お父様が宮廷癒師団の団長らしき女性を伴って帰還したのは、それから十五分後だった。
我が家から王城までは馬車で片道三十分以上はかかる。
お父様の元へ向かった護衛騎士は、きっといくつかの地点を経由する形で転移魔法を繰り返して、王城までの移動を行ったのだろう。
転移魔法は魔力をごっそり奪う。きっと相当な無理をしたに違いない。
お父様の方は、癒師団長を連れて一度の転移魔法で屋敷の前までやって来た様子だったが、こちらがびっくりするくらい消耗が見えなかった。
だが顔にはやはり焦りや心配が滲んでいた。滅多なことでは狼狽えないお父様だけれど、流石に肝が冷えたのかもしれない。
「――終焉に終止符を」
人払いをし、お父様立会いのもと、アルトバロンの自室で〝毒林檎〟の効果を解除する。
すうっとアルトバロンの肺が膨らみ、呼吸が再開した。
美人な女性癒師団長は、メローナ・エンジェライトと名乗った。
ドレスのような女性用軍服を身につけた彼女は、次々に医療用の魔道具をアルトバロンに当てて検査をしていく。
「ふむふむ。どこにも異常なし、っと」
優しいソプラノでそう言う間も、魔道仕掛けのペンがさらさらと勝手に書類に記入している。
メローナ様の検査によると心臓も肺も、その他の臓器もちゃんと動いていた。
「……ふむ。どうやら魔力中毒症状は完全に治っているようですね。魔力の強い獣人なのでもしや、と思いましたが先祖返りの症状も見られないです。仮死状態と同時に、魔力の悪性化も止まったのでしょうね。ティアベル様の固有魔法との相関関係は、詳しく調べてみないとわかりませんが」
仮死をもたらす〝毒林檎〟が、確かにアルトバロンの命を救った瞬間だった。
「安静に過ごせば、明日には日常生活に戻れますよ」
「ありがとうございます。本当に、本当に良かったぁ……っ」
ほっとして、力が抜ける。私はぺたんと膝から力が抜けて床に座り込んでしまった。
こらえきれなくなって、ぼろぼろと両目から涙があふれる。「うーっ」と泣き出すと、お父様が隣に膝をつき、「よく頑張ったな」と私を抱き寄せてくれた。
「魔力中毒の原因としては、肉体の成長と魔力の成長のバランスが崩れたせいというのが濃厚でしょうね」
つまり、魔力の使いすぎ。それを聞いて、はっとする。
……きっと、私のせいだ。固有魔法のことで、私がアルトに負担をかけていたせい……。
私はぎゅっとドレスの胸元のあたりを掴む。
「魔力が増幅し続ける彼のようなタイプは、魔力と同等に肉体という器を変化させていかなくては生きる術がない。いっそのこと、隷属魔法で魔力を縛ってしまっては? そうすれば彼も過剰な鍛錬も積まなくていいですし、その方が楽ですよ?」
「は、はい?」
「健康のためにもなりますから」
優しく夢のように丁寧な口調で、物騒なことを彼女は言った。
「あ、あの? 聞き間違いでしょうか? 今、隷属魔法で魔力を縛る……って聞こえたのですけれど」
「ええ、言いましたよ。隷属魔法は主人に反抗できないよう、徹底的に魔力を制限できる魔法です。魔力量も測定してみましたが、アルトバロンさんの場合は半分くらいにしたって、常人以上です。宮廷魔術師団を目指せるレベルです。ティアベル様、素敵な従僕を持ちましたね。誇っていいですよ」
「は、はあ……」
メローナ様の謎の説明に気圧され、つい生返事になる。
「今、縛られます?」
「はへ?」
「ちゃちゃっと隷属魔法で契約を結んでみてください。このメローナが、アルトバロンさんの魔力が暴走しないように見ておきますから。その後にちゃんと健康診断もできますし、名案です」
「……い、いや! 嫌です! 隷属魔法で魔力を縛るなんて、絶対しませんっ!!」
何を言い出すんだこのお姉様……っ! 『健康のため』とか押し切ってくるのも怖い……! 私はこれ以上、アルトの負担になるようなことはしたくないのに……!!
私はお父様に引っ付いたまま、もう一度「絶対にしません!」と叫んだ。
メローナ様はその後も色々「健康のためです」を繰り返していたが、今度はお父様が代わりに断ってくれた。
魔力量を無理やり縛らない代わりに、今後のアルトバロンの教師役にはお父様が直々につくことになった。
この王国随一の腕を持つお父様が師匠になるのなら、健康面も精神面も安心だ。
「それにしても……。ティアベル様の固有魔法は、実に稀有な固有魔法ですよ。今すぐにでも宮廷癒師団に入隊していただきたいくらいです」
「その誘いはお断りしておこう。我が娘はまだ八歳でね。見てわかる通り、まだまだ親に甘えたい年頃だ」
「うふふ。そうですか。戦場では役立ちますのに、実に惜しいです。ですが、ティアベル様の件は陛下のお耳には入れさせていただきますよ。私がお仕えしているのは、陛下ですからね」
「……致し方ない」
メローナ様はそれからも「本当に惜しい才能です」と何度も口にしながら、お城へ帰って行った。
なんだか、嫌な予感がするのは……気のせいだと信じたい。
◇◇◇
「……ん……っ……」
「あ、アルト? 起きたの?」
眠っていたアルトバロンが身じろぎする。声をかけると、彼の睫毛が震え、ゆっくりと閉じられていた瞼が開いた。そこにあったのは、綺麗ないつもの色の瞳。
「……お嬢様。それに、旦那様も」
「アルト、起き上がらないでいいから寝ていて」
アルトバロンが急いで上半身を起き上がらせようとしたので、彼の肩に手を添えて、ベッドへ横になっていていいのだと伝える。
しかし、彼は絶望に染まったような顔で「いえ。そんな場合では」と言い募ると、結局起き上がり、こちらに向かって頭を下げた。
「申し訳ありません、旦那様。お嬢様の従僕として、最悪な事態を招きました。僕にどうか、罰をお与えください」
「何を言う。お前はよく堪えた。あれほどまでに堪え抜くなど、普通の獣人にはできないだろう。罰など与えぬよ」
「しかし……!」
「そこまで言うのならば――罰として、お前には一ヶ月の
お父様は悪役顔でふっと笑うと、部屋から出て行った。
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