毒林檎令嬢と忠実なる従僕〜従僕を虐げずに可愛がった結果、激重ヤンデレ美青年になるなんて聞いてない〜

碧水雪乃@『龍の贄嫁』12/25発売

第1章 悪役令嬢と狼従者の主従契約

第1話 7歳のお誕生日、従僕をもらう


 私の七歳のお誕生日。最愛の妻の忘れ形見となった娘を溺愛するお父様が、『誕生日プレゼント』と称して私に与えたのは、なんと狼のような耳を持つ黒髪美少年だった。


「ティアベル。彼は今日からお前の忠実な従僕として、お前を守る剣となり盾となる」

「……えっ?」


 ちょっと待って、意味がわからない。意味がわからないからもう一度言う。

 私の七歳の誕生日祝いにプレゼントとして与えられたのは、黒い毛並みの狼耳をピンと立てて微動だにさせず、警戒心に満ちた菫青石色の凍てつく瞳でこちらを睨みつけている『絶世の黒髪美少年』だった。


 ……うん? やっぱり理解できないな?

 よくわからない事態に内心大混乱だ。


 まるで冥府の死神と見紛うばかりのおそろしき美貌と囁かれ、社交界で畏怖されているお父様は、悪役顔でニコニコしている。

 銀灰色の長髪を一本の太い三つ編みにまとめた可愛い髪型をしているのに、色気のある切れ長の目元といつも眉間にシワを寄せているせいで誰にもニコニコしているようには見えないようだが、これは貴重な微笑み顔だった。


 そんな『冥府の死神』と揶揄されるお父様の影響で、社交界ではいたいけな幼女の私まで『毒林檎令嬢』と呼ばれ、恐れられているらしい。


 お父様譲りの白銀の柔らかな長髪と、透き通った紅玉の瞳。お母様譲りの可憐な面立ちに、日焼け対策に日々奮闘中の白磁の肌、そして真っ赤な林檎色の小さな唇。

 どこをどう見たって、美形なお父様と美人なお母様の遺伝子を受け継いでいるのに……いや、二人の遺伝子を受け継いでしまったからか、白雪姫の童話に出てくる悪役魔女になぞらえて『ディートグリム公爵家の毒林檎令嬢』と、なんだか危険物扱いされているみたいなのだ。


 まったく!  誰が言い出しっぺかは知らないけれど、私の髪は白銀であって、あの林檎売りの老婆のような白髪しらがではない。

 ドレスだって、当時はまだ喪に服したかったからあえて黒にしていただけで、断じて幼女のくせに後ろ暗いことをしていたせいではないのに。

 社交界でコソコソ噂する時に使うにしたって、もっとマシな呼び名があったんじゃ……!?


 なんて、謎の異名にはちょっとムッとしたので、お父様に付いてお茶会やパーティに行く時は、腹いせに林檎料理ばかりを狙って食べている。

 ふっふっふ、間近でむしゃむしゃと林檎を食べる毒林檎令嬢に恐れおののくといい。ふっふっふ!


 お茶会やパーティーで林檎料理を食べすぎたせいで、私はいつのまにか根っからの林檎好きに。その影響もあって、近年の誕生日プレゼントは珍しい種類の林檎の木だった。

 だというのに、今年のプレゼントはあまりにも内容が突飛すぎでは??


 まあ、単純に、年頃の近い彼が働き口を探していて、私専属の従者として選ばれたと思えば……なにも問題はないのかもしれない。

 だが、彼の優れ過ぎた容姿や足の運び方などの仕草を見ても、彼が公爵令嬢の使用人になるような身分であるようには、到底思えなかった。


 そんなことを考えていると、しびれを切らしたお父様が、暫定『誕生日プレゼント』くんの肩を押し出す。

 その絵面は完全に大人の色気大爆発の死神様と、敵に捕まったが頑張って強がっているプライド高めな孤高の美少年と言ったところか。

 私は驚きと心配で震えながら、改めて目の前に立つ美少年を見上げる。


「は、はじめまして。えーっと、ご機嫌いかが?」


 まずは当たり障りのない挨拶をしてみたが返答はない。その代わりに、冷え冷えとした視線で睨みつけられただけだった。


 こっ、怖い。

 合法なのか疑いたくなるレベルに警戒されているんですが、お父様……!?


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