わたしは見習い脱衣婆

第19話 偽りの栄光

三途の川のほとりは、薄い霧に包まれ、静けさが辺りを支配していた。少女は、今日も新たな魂を迎える準備をしていた。これまでに数多くの亡者と向き合い、彼らの抱える苦しみや罪を知り、その魂を導いてきた。今日、訪れる魂は、どのような悩みを抱えているのかを考えながら、少女は心を落ち着けた。

「今日やってくる亡者は、偽りの栄光に囚われた者だ。」

脱衣婆の言葉は、静かに霧の中に響いた。偽りの栄光――それは、自らを飾り立て、偽りの成功や賞賛を求めることで生まれる感情であり、その背後には深い虚しさが潜んでいることが多い。栄光を求め続けた結果、自分を見失い、真の幸福を感じられない魂が多くいることを、少女は知っていた。

霧の中から現れたのは、派手な服装に身を包んだ中年の男性だった。彼の姿は、まるで成功者を演じているかのようで、どこか不自然な光沢を放っていた。しかし、彼の目には虚ろな光が浮かび、その笑顔の奥には深い孤独と虚しさが隠れているように見えた。

「彼は、生前に名声や富を手に入れようと必死になり、周りの人々を犠牲にしてきた。しかし、その偽りの栄光が彼を孤立させ、心の中に虚しさだけが残ったのです。」

脱衣婆が説明すると、少女は彼の表情をじっと見つめた。彼が抱える偽りの栄光の重さが、彼の魂を深く縛りつけていることが感じられた。

「あなたは、何のためにその栄光を求め続けてきたのですか？」

少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、男性の心に届くような響きを持っていた。男性はしばらく何も答えず、ただ虚空を見つめていたが、やがてかすれた声で話し始めた。

「私は……ただ、認められたかったんだ……誰よりも成功して、誰よりも賞賛されて……それが私のすべてだった……」

彼の言葉には、深い執着と虚無感が感じられた。彼は生前、周りからの賞賛や名声を求めることで自らの存在を確認しようとしたが、結局その先に何も見つけることができなかったのだ。

「その栄光を求めることで、あなたは本当に幸せを感じていたのですか？」

少女の問いに、男性は苦笑を浮かべた。

「幸せ？……そんなもの、あったのかもしれない……でも、今は何も感じられないんだ……ただ虚しいだけだ……」

彼の言葉には、深い虚無感がにじみ出ていた。彼は自らが求めた栄光の先に何もなかったことに気づき、そこに感じたのはただの虚しさだったのだ。

「その虚しさは、あなたが本当の自分を見失ってしまったからではありませんか？」

少女はさらに問いかけた。彼が自らの魂を偽り、表面的な成功に囚われてしまったことが、彼の虚無感を生んでいることを理解しようとした。

「本当の自分……そんなもの、最初からなかったのかもしれない……私はただ、賞賛されることが全てだと思っていた……でも、それが偽りだと気づいた時には、もう戻れなかった……」

彼の声は、どこか諦めたような響きを持っていた。彼は、自分が偽りの栄光を追い求めていたことに気づいた時、すでに自分の本当の姿を見失ってしまっていたのだ。

「あなたは、その偽りの栄光を手放すことができるでしょうか？本当の自分を取り戻すことができるなら、あなたの魂は救われるかもしれません。」

少女は彼に向かって優しく語りかけた。彼が自分の偽りの姿から解放され、真の自分を見つけ出すことができるようにと願いながら、言葉を選んだ。

「でも、私は……どうすればいい？本当の自分なんて、もう分からない……私はずっと、自分を飾り立てることでしか、自分の価値を感じられなかった……」

彼の声は弱々しく、その言葉には深い混乱と無力感が込められていた。彼は、偽りの栄光に囚われることで自分の価値を見出そうとしていたが、その結果、自分が誰なのかを見失ってしまっていた。

「自分の価値は、他人の目に映る姿ではなく、あなた自身が何を大切にし、どのように生きたいかにあります。あなたが本当の自分と向き合い、その姿を受け入れることができれば、魂は救われるでしょう。」

少女は彼に向かって優しく微笑んだ。その微笑みには、彼が自分を見つけ出し、偽りの栄光から解放されることを願う気持ちが込められていた。

「本当の自分……私は、本当にそれを見つけられるのか……？」

彼の声には、かすかな希望が含まれていたが、その道の険しさを恐れている様子も見て取れた。

「それはあなた自身が選ぶことです。偽りの栄光を手放し、ありのままの自分を受け入れることで、あなたの魂は自由になれるのです。」

少女の言葉に、彼はしばらく考え込んだ。彼の目には、まだ虚しさが残っていたが、同時に自らの真実と向き合おうとする意志が少しずつ芽生えているように見えた。

しばらくの間、彼は黙って立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。その目には、わずかに希望の光が宿り始めていた。

「私は……その道を選びたい……偽りではなく、本当の自分を見つけたい……」

彼の言葉に、少女は微笑んだ。彼が自らの偽りを手放し、本当の自分と向き合う道を選んだことに、少女は安堵した。

「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」

脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、彼の姿を包み込んだ。彼の表情は次第に穏やかになり、偽りの栄光を手放したその顔には、ようやく安らぎが訪れた。

「ありがとう……」

彼の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼の姿は光の中に溶け込んでいった。

「今日の裁きから、何を学びましたか？」

脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。

「偽りの栄光は一時のものですが、その虚しさは魂を深く傷つけます。真の自分を見つけ、偽りから解放されることで、魂は救いを見つけることができるのだと。」

脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。

霧が再び立ち込め、次の魂が訪れるのを告げるかのように、静かな風が吹き始めた。少女はその風の音を聞きながら、今日の裁きがもたらした教

訓を胸に、次なる試練に向けて心を引き締めた。