番外編「大人の階段昇るかもしれない、今日はまだ大晦日さ」その⑨
雪月からスマホを受け取りスピーカーに耳を当てると、聞きなれた金髪ツインテールの声が聞こえてきた。
『いやー残念でしたね朝日さん、チャンスだったと思うんですけど』
「うるせえよ―――ってチャンスって何だよ!? お前まさかどこかで盗聴してたんじゃないだろうな!?」
『まさかそんなわけないじゃないですか。妹の勘という奴です。惜しかったですねー、私のクリスマスプレゼントの出番だったところでしたが』
「だからうるせえって。で、どうしたんだよ。風邪ひいたんじゃなかったのか?」
『風邪は少し寝たら治りました。もしかすると除夜の鐘で風邪菌が祓われたのかもしれません。……本題に戻りますけど、この大雪でしょう? ママが迎えに行くって言うんです』
「ママって、金糸雀と雪月の?」
『そうですそうです。あ、一応言っときますけど私はそれとなく止めたんですよ? 多分二人でいい雰囲気になってるだろうと思って。でもママがどうしても行くって聞かなくて』
「いや……ありがたい話だよ。だけどこの大雪だぞ、大丈夫か?」
『心配はご無用です。実はもう駅前に着きそうなんです。そろそろ出て来てください』
「マジか……」
『ではそういうことなので。すみませんね朝日さん、童貞卒業のチャンスだったかもしれませんけ――』
切った。
指が勝手に通話を切断していた。
やれやれ。
だから下心なんて無かったんだって。本当だって。
「金糸雀から話は聞いたかしら?」
「ああ。雪月のお母さんが迎えに来てくれるんだろ? ごめんな、余計な気を遣わせてしまって」
「こんな雪が降ったのがいけないのよ。気にしないで」
「すまん、お言葉に甘えるよ」
僕は雪月にスマホを返した。
「良いのよ。ママも朝日くんに会いたがっていたわ。ええと……それから」
「なんだ?」
雪月はスマホをコートのポケットに戻しながら、躊躇うようにして、言った。
「あのお城みたいなホテルは、18歳未満だと入場禁止じゃないのかしら?」
※
駅のロータリーには、雪に塗れた黄色いフィアット500が停まっていた。
「……あの車か?」
「ええ、あの車よ」
僕と雪月がフィアットに近づいた瞬間、雪を払いのけるようにしながら助手席の窓ガラスが開いて、その隙間から金糸雀が顔を出した。
「お姉ちゃん、朝日さん、こっちですよーっ!」
ほらね、と雪月が言う。
「金糸雀、本当に風邪、治ったみたいだな」
「ええ、一安心だわ」
僕らは凍った路面で転ばないように気を付けながらフィアットに歩み寄った。
「お二人は後部座席へどうぞ!」
窓ガラスから顔を覗かせた金糸雀が言う。
「分かったわ」
雪月がフィアットに乗り込み、僕もそれに続いて後部座席に座った。
運転席には雪月を少し大人っぽくしたような雰囲気のお姉さんが座っていた。
お姉さんは僕を見ると、愛嬌のある笑みを浮かべて、
「こんばんは朝日紫苑くん! 私が華蓮と金糸雀の母、雪月迦楼羅(ゆきづき かるら)です。よろしくね!」
と、横ピースをキメながら言った。
「……ど、どうも、朝日紫苑です」
は――母親!?
いや確かに雪月はママが迎えに来るって言ってたけど、それにしても見た目若すぎないか!?
雪月や金糸雀の姉と言われても違和感はないくらいだ。
動揺している僕を他所に、迦楼羅さんは大きな声で笑いながら言葉を続ける。
「紫苑くんも新年早々ツイてなかったねー、こんな大雪だなんて。でも大丈夫、私が来た!」
「た――助かります」
「お家までちゃんと送り届けるから安心して。じゃあ早速だけど、シートベルトはしっかり閉めておいてね。それから歯も食いしばっておいて」
「歯?」
意味が分からず、僕は雪月の方を見た。
「……食いしばっておいた方が良いわ」
「わ、分かった」
「それじゃ行くわよ!」
フィアットのエンジンが唸りを上げ、雪をまき散らしながら急発進する。
その反動で僕は全身が座席に押し付けられるのを感じた。
スリップしそうな勢いで駐車場のロータリーから飛び出したフィアットは、その加速のまま車道を駆け抜けた。
「深夜だと公道も空いてるわね! 気分が良いわ!」
いやこんな雪の中、車で外出しようとする人がいないだけだろ!?
迎えに来てもらっておいて言える台詞じゃないけど!
「……安心して朝日くん。ママはゴールド免許だから」
雪月が僕に囁く。
さすがにそれは嘘だろ、と僕は思った。
※
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