第3話 3人の警察官

 異世界に飛ばされた浩多郎と遊里は、寝床を確保する必要に迫られた。

 しかし、言葉こそ自分たちと同じような言語だが見知らぬ街であり世界。弱みに付け込んでしまうような人間が出てくることは想像に難くなく、2人は自力で寝床を確保することになった。

 だが異世界でそう簡単に寝床が見つかるはずもなく、彼らは現実とそっくりな公園にあるベンチに腰を下ろさざるを得なかった。遊里は疲れ果てて寝てしまい、普段は勇気を絞り出せるような性格ではない浩多郎も徹夜で警戒することになった。

 このようにお互いに疲れがたまっており、今後の計画も立てられぬまま翌朝を迎えるかに思われたその時、懐中電灯を持った2人組の男がやってきたのだった...


「この男の人たち、だれ...?」

 遊里は、自分と浩多郎以外全員が知らない人かつどうやら現実ではなさそうなこの世界においてできる限りの警戒をしていた。

 いくら自分と家の近い幼馴染とはいえ、彼と一緒に知らない人間、しかも男二人組についていくことは自らの身を危険にさらすことに他ならなかった。

 ゆえに彼女の発言は、至極まっとうなものであった。

 浩多郎もそれをわかってはいる。しかし男2人組が仮にも警察を名乗っている上、目の前に見たことがある「現実の警察車両」が止まっているとなるとどうしてもそのにすがらなければより危険な目に合うのではないかと考えた。

 浩多郎と遊里の表情を見た2人組は、それを察したのか自ら名乗り出た。


「そこのお嬢さん。驚かせて申し訳ない。我々はこのようなものだ。怪しいものではない。だ。」


 2人組は、我々の暮らす世界で言うところの「警察手帳」を提示してきた。

 そこには日本国警察執行機関ひのもとくにけいさつしっこうきかんと書かれた身分証明の顔写真と共に名前が書いてあった。

 眼鏡の男が「巡査 羽生はぶ 芳樹よしき」、筋肉質の男は「巡査 小泉こいずみ 裕一ゆういち」というらしい。

 筋肉質の男、小泉裕一は、遊里に向かって頭を下げて、「驚かせてしまい申し訳ない。我々は通称``警察``と呼ばれる、治安維持の組織の人間だ。」と自己紹介をした。

 眼鏡の男、羽生芳樹は小泉に続いて「なぜ2人をパトカーのような車に乗せなければいけないのか」という理由を説明した。


「我々は、ここの国の法律に則って仕事をしているんです。その法律で『深夜に外出をしている未成年は直ちに保護を行わなければならない』という記述があるので、君たちを保護し、警察の施設に連れて行かなければならないのです。」


 2人の男が自己紹介と説明をしていると、今度は車から茶髪の「女性警察官」が出てきた。

 彼女は男たちの間に割って入ると、「そういう事情があって君たちをいまからこの車に乗せるけど、私が目を光らせておくから襲われる心配はないよ。ささ、後部座席に乗って?」と言い、小泉や羽生と同じ手帳を提示してきた。

 この一連のやり取りが終わって、ようやく遊里は少しだけ安堵したような顔で浩多郎の様子を見た。

 浩多郎も彼女の姿を見て安心したのか、「ありがとうございます。」と頭を下げて3人の警察官の後ろをついていき、車に乗り込んだ。

 運転席には小泉が、助手席には羽生が乗り込み、後部座席の遊里と浩多郎の間に女性の警官が入り込んで座った。

 5人とも乗ったのを運転手の小泉が確認すると、白と黒の車、現実世界で言うところの「パトカー」はゆっくりと走り出した。

 真夜中の市街地をするすると滑らかに走る車の中で、遊里と浩多郎の間に座っている警察官は自己紹介をしてくれた。


「さっきは急いでいたから、名前を言うのを忘れてた。私は、中山なかやま 柚葉ゆずはって言います。前の席に座ってる2人とは同僚で、3人で深夜の見回りをしていたの。」


 彼女は2人の顔を交互に見ながら、様子をうかがっている。

 2人は突如として現れた3人の大人にいまだ戸惑いを隠せていないが、彼らの助けがなければいつまでも野宿のまま。2人は現状を受け入れ、彼女に対して自己紹介をすることにした。

 柚葉は2人の様子を察したのか、2人に対して「あなたたちも、よければ自己紹介をしてもらえると嬉しいな?」と言った。

 すると、彼らはゆっくりと口を開き、


「私は、北山 遊里といいます。」


「僕は、伏見 浩多郎といいます。」


 と中山の顔を見ながら名乗った。

 緊張して、やや顔がこわばっていたようだが彼らは一度も噛まずに自らの名前を喋った。

 その後2人は、小泉が運転する車の中で中山に向かって自分たちが野宿せざるを得なくなるまでの経緯を話した。


「私たちは、もともと日本にほんという国の中でも近畿地方きんきちほうと呼ばれるところに住んでいたんです。」


「僕らはただの学生で、今日も学校から2人で同じ帰り道を辿っていただけなんです。」


「そうしたら、家の近くに着いた途端に、私たちの目の前の景色が高速回転し出して…」


 最後の言葉を言う前に、浩多郎が唾を飲んだ。


「気がついたら、僕たちはここ、知らない世界にいたんです。」


 中山たちは、2人の言葉を一字一句噛み締めながら聞いていた。

 彼女は、果たしてこの話が本当なのか、2人の少年少女が嘘をついているのではないだろうかと、2人を不安にさせないよう極力顔には出さないよう気遣ってはいた。

 だが彼女の内心には疑惑が湧いて出てきた。

 そんな中山の内心を察していたかどうかは分からないが、浩多郎と遊里の話が終わった直後に運転手である小泉が2人に向かって喋り始めた。


「2人とも、ご丁寧にありがとう。もちろん我々は君たちを悪いようには扱わないと約束しよう。」


 小泉は口を大きく開き、笑顔を見せながら運転中にも関わらず言葉を続けた。いつの間にか、車は住宅街を抜け大通りに入っていた。


「浩多郎君と遊里君か。いい名前だな。2人には、せっかくだからいま君たちがいる世界について俺が説明をしよう。」


 小泉がいまから説明を始めようというその時に、助手席にいた羽生が彼の声を遮る。


「小泉、君はいま運転手だろ。運転に集中してくれよ。」


 やや大きな声で小泉の声を遮った羽生は、運転していないのをいいことに後部座席にいる2人に目を向ける。


「すまない2人とも。君たち含め僕らがいるこの世界については、今から向かう施設に着いて、しっかりと睡眠をとった後に説明させてもらうよ。」


 虚実世界とは違う、言ってしまえば異世界から来た浩多郎と遊里は、急に男2人組が活発に話し始めるのを見て顔にやや警戒の色を浮かべる。

 中山は2人の顔を見て状況を察し、自分たちがただの警察官でないことを告げる。


「安心して、とは言えないけどね。私たちは、警察官であるんだけど、それと同時にとあるの職員もしているの。」


 彼女は車両前方に右手から指さす。


「私たち5人が向かっているのは、警察が管轄している研究施設。」


 彼女が指をさした先には、鉄筋コンクリートで造られ、ガラスの窓に覆われた高いビルが小さいながらも見えている。

 5人が乗っている車は徐々にビルに近づいてきた。

 浩多郎と遊里は、僅かな不安を抱きつつも、自分たちが冷える夜中に野宿をせずに済むことに安心したようだ。

 車はビルの1階部分にかなり接近した。どうやら警備員の人に対して運転手である悠が身分証明をしているようだ。

 警備員の人は小泉の身分証明書である「警察手帳」を見ると、笑顔で「お疲れ様です」といい、5人に対して一礼してくれた。

 構内進入に関する手続きを済ませた5人は、何やらビルの地下に続く通路へ吸い込まれていくようで、もともと暗かった周りの景色がさらに暗くなり、非常誘導灯のような規則的に設けられたライトのみが側面に映っていた。


「なんだか、私たちの世界にある地下駐車場とほとんど変わらないね...」


「そうだね...」


「本当に私たち、異世界にいるのかな。感覚が狂っちゃいそう。」


「僕もそう思うよ。見えている景色がほどんど変わらないからね。」


 中山は聞こえないふりをしながら2人がひそひそと話しているのを傍観していた。彼女の視線には、既に「研究所」の入り口が見えていたからだ。

 2人はそんな彼女の気遣いに気づくことはなく、しばらく話し込んでいたが、やがて車が停止し、全員が車から降りたときに研究所の存在に気付いた。

 遊里に一瞬「自分たちが人体実験に使われるのではないか」という考えが頭をよぎったが、そのような可能性を考えていてはきりがないと右から左に流した。

 小泉は、全員が車から降りたのを確認すると、この「研究所」について紹介し始めた。


「ここは世界線研究所せかいせんけんきゅうじょ。国の警察組織の直轄になっている研究施設だ。」


 羽生が小泉の後に続いて補足をする。


「君たちをここに連れてきたのは、ほかにも目的があるんだけど研究の関係で徹夜をすることが多いから宿泊用の設備が整っているんだよ。普通の警察管轄の建物より設備がいいから、ここに連れてきたんだ。」


 2人による説明が終わると同時に中山が施設のドアを解錠し、浩太郎と遊里は中に案内された。

 入口から中の方に進むと、左右に分かれる形で宿所のようなものがあった。

 彼らの視点から見て左側が女性用、右側が男性用の仮眠室と書かれている。


「遊里くん、君は左側にある女性用の仮眠室へ。浩多郎くんは右側にある男性用の仮眠室へ行ってくれ。それぞれの仮眠室にはベッドがあるから、そこでひとまず休むといい。」


 仮眠室のある看板の下に立った小泉が、2人をそれぞれ別の寝床に案内する。

 女性用の仮眠室には中山が、男性用の仮眠室には羽生がそれぞれ設備の説明の為に付き添いで入り、小泉は廊下を奥へと進んでいった。

 浩多郎と遊里は、お互いに別の仮眠室に設けられたシャワーで体を洗い、遊里は中山に、浩多郎は羽生に寝室へと案内され、ほぼ個室のような状態で眠りについた。

 中山と羽生は、そこから少し離れた2段ベッドが並ぶ仮眠室へと移動した。

 2人も同様にシャワーを浴びて、他の職員たちが眠る2段ベッドの空いている場所に滑り込み眠りに落ちたのであった...


 ─────────


 翌朝。

 というよりは昼に近い時間帯。現実世界でいうところの午前10時ごろであろうか。浩多郎と遊里は目を覚ました。

 羽生や小泉、中山はすでに目を覚まして仕事をしている。

 2人はそれぞれ寝起きの重たい目を無理やりこじ開けて、ベッドから上体を起こす。


「昨日の夜と、まるで景色が変わっていない。」


 お互いに場所は離れているが、自分たちがもともと住んでいた場所から離れた異世界から戻っていないことを改めて彼らは認識した。

 知らない土地どころか右も左もわからない異世界で、突然知らない大人に拉致されたようなものである。だが彼らの身体には傷一つなく、何も盗まれていない。

 2人はある程度の身支度を整え、仮眠室の周りを見てみることにした。

 自分たちが寝ていた個室の目の前には、シャワー室がある。

 そしてシャワー室のある所から左を向くと、なにやら2段ベッドが4組ほど並べられた部屋があった。

 その奥にはロッカーもあり、おそらくここの職員、または警官が寝泊まりをするところであると察しがついた。部屋の形態としては、合宿等で寝泊まりをする際の2段ベッドがいくつもある部屋だと思ってもらえばわかりやすいかもしれない。

 2人は2段ベッドのある部屋から視点を180度変えた。するとそこには制服のかけられたロッカーが。

 2段ベッドのある部屋にもロッカーがあったが、おそらくここは更衣室のようで、予備のものと思われるハンガーが複数引っ掛けられていた。

 場所こそ離れているが、2人が仮眠室周辺の施設を見る順番はほとんど変わらない。幼馴染だからなのかはわからないが、やってることが随分と似てしまっている。

 2人は研究所の施設内で一時的に保護されているようなものなので、下手に動くと知らない人に見つかる可能性がある。最初に出会った3人の警官はともかく、ほかの人たちが信用できるかは疑問だからだ。

 そんなことを考えていると、仮眠室のドアをノックする音が聞こえてきた。しかも男女同時にだ。

 ドアの前に立っているのは昨晩と同じ人物。小泉以外の2人が浩多郎と遊里を起こしに来ているようだ。

 中山が遊里の、羽生が浩多郎の様子を見に行くと、2人はすでに起きていた。

 彼らはその様子を見ると安堵し、浩多郎と遊里を仮眠室の外へと案内した。

 彼らは、これから何が行われるのか少しの不安を感じながらも警官とも研究所の職員とも取れる大人たちについて行くことしか方法がなかった。

 中山と羽生はそんなことを気にしている暇はないと2人を連れて研究所のメイン空間となりうる、大会議室へと2人を連れていき、椅子に着席させた。

 2人が連れてこられた大会議室にいたのは、小泉ただ1人。そのほかには大きな机と映像を映しこめるようなスクリーンがあるのみ。

 小泉は4人がやってきたのを確認すると、浩多郎と遊里の2人の目を見て、開口一番こう言った。

「君たちが連れてこられたこの世界は、虚実世界うそのせかいというんだ。」

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