異世界シャーロック
河村大風
プロローグ ノックスの十戒
俺は何をしているのだろう。こうやって俺が1人で家で適当にラノベを書いている間にも、同じ学年のやつらは進級試験を必死になってい解いているのだろう。
「はあ、こんなテンプレな異世界転生もの書いたって誰も見やしないってのはわかってるんだがなあ」
さてどうしたものか……。進級試験をしなくてよくなった今、1日暇なのである。とりあえず
日差しが眩しい。まるで陰キャの俺を消し炭にせんとするように日差しが体を包んだ。
俺は負けんぞ。この程度の苦難、何度でも乗り越えてきたさ!(次元違い)
―――
インターホンを鳴らすとマイクのところからため息が聞こえてきた。
「なんだよ慈恩?」
「進級試験をぶっちしてまで来てやったんだからもうちょっと嬉しそうな声で迎えろよ」
「……まあいいや、今開けるから待ってろ」
そう言った後、ドアの内側からバタバタと足音がしてガチャリとドアが開く。中から出てきたのはきっちりとしたワイシャツにネクタイをしたイケメン。俺の数少ない友人の
「何の用だよ、今忙しいんだけど」
「家にいるじゃん」
「見えないか、この服?」
そう言うと玄はパッと両手を広げきれいなワイシャツを強調した。どういうことかと聞くとリモートで教授と会議をしていたらしい。
「でも多分もう終わったんだろ?」
「ちっ、そういうところだけ鋭いんだお前は……」
いやな顔をしつつも俺を家に入れてくれる玄にこういうところがみんなに好かれるところなのだなと妙にしみじみと感じた。
「で、今日は何の用だ?」
「別に、ただグダグダしに来ただけ」
「はあ? というか今日お前進級試験じゃなかったか? もう終わったのかよ?」
「……ブッチしちゃった」
俺のその告白に玄の口から大きい”は”がおよそ5秒ほど放たれた。その後あまりの驚きに目をかっぴらいて信じられないという顔で俺の方を見る。
「慈恩……、お前はもうだめだ……」
なんだ急に、やめろ。そんなあきらめとか日愛に満ちた顔で俺を見るな!
心の中でそう思いつつ俺は何とも言えないような乾いた笑いが口から出た。
―――
「なんかいいネタないかな?」
漫画を読み終えた俺は不意にそう質問した。
「ううん、ジャンルは?」
「まあやっぱり異世界転生は外せないよなあ」
「それ面白いか? どうせ何かの二番煎じになるだろ?」
「まあなあ、だから異世界転生×何かってのがいいんだけど、なかなかこれが出てこんのよ」
俺がそう言うと玄は顎に手を当てて少し考えた後にひらめいたといった感じでこう口にした。
「
異世界探偵、確かに見たことはない。ただ……
「それ成立するか? ほらあるじゃん、何だっけ、ナンチャラの十戒」
「ノックスな」
ノックスの十戒、その名の通りノックスという人物が推理小説に定めた10個のルール。
1.犯人は、物語の当初に登場していなければならない。ただしその心の動きが読者に読みとれている
人物であってはならない。
2.探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。
3.犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。
4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
5.主要人物として「中国人」を登場させてはならない。
6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
9.相棒や助手は、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者
よりもごくわずかに低くなければならない。
10.双子や一人二役は、予め読者に知らされなければならない。
とこのように10個のルールがあるわけだがこのうちの2番は異世界や魔法というものが完全に否定されてしまっている。仮にこれらを破って小説を描くためには相当なつじつま合わせが必要であり俺みたいな3流以下の作家にそんなのは無理である。
「やっぱ、無理だろ。魔法によるトリックとか」
「いやできると思うな。読み手がしっかりと理解できる魔法の仕組みを考えてやればきっとできる」
「ううん」
「どうせお前大学中退するんだろ? 退学宣告されるまで喰らい頑張ってみたらどうだ?」
言い方はかなりとげがあって俺の心はもうつぶれる寸前になってしまったが、玄の言葉は俺の中の何かを変えてくれた。
俺は決意を固め立ち上がる。
「ちょっとBO〇KOFFで推理小説買ってくるわ!!」
「お、いいね!」
玄はそう言うと何やら机の中から何かを取り出し俺に向かって投げかけた。それは銀色のペンダントでトップの飾りには表に”W”、裏には”J”と彫られていた。どうやら少し前のイギリス旅行で俺のための土産として作ってくれていたらしい。
俺は玄にありがとうと伝え玄関の扉を開けて目的地へと走り出す。その時の玄は笑顔とともにまだ何か俺を憐れむような感じがして俺も少しイラっとした。
―――
B〇OKOFFにつくと俺は普段しっかりした小説のコーナーなど立ち寄ったことがなかったため、推理小説を見つけるのに難儀していた。まず作者の名前も小説のタイトルもわからないため作家名のあいうえお順に並べられてもわかるわけがない。かと言って特定の小説のタイトルもわからないからスマホで検索もできない。
どうすんだこれ、八方塞がりなんだが? わかんねー、作者の名前……。東ナンタラみたいな日本人作家いなかったか? いややっぱ無理だ、よしあきらめよう!
そう思って出口に向かおうとしたその時、よく見覚えのある名前が目に入ってきた。
”シャーロック・ホームズの冒険”
その文字列を見た瞬間嫌な記憶がよみがえる。中学生時代に苗字が和戸村であるためにホームズの助手ジョン・ワトソンになぞらえ
俺は嫌悪感を覚えつつも一番有名な作品ということでその本を手に取った。
ふーん、作者の名前アーサー・コナン・ドイルって言うんだ。……ああ、だからコナン君はコナンって名前なのか!
今更過ぎる発見とともに会計を済ませ俺は店を出る。赤信号の前に俺はホームズの小説をぺらぺらとめくる。
堅苦しい言葉でラノベに慣れている俺にはかなり読みづらく数行を見ただけでめんどくさいと思ってしまった。
これはやばいなあ、これを読み終えるのに100年かかるぞ。
信号が緑になったのを確認し、俺は横断歩道を渡る。
「いや、やってやるぞ! 俺は誰にも書いたことのない異世界推理小説を書くんだ!」
決意とともに俺の体は吹っ飛んだ。その瞬間は何が起きたのかわからなかったが地面に激突したときに撥ねられたのだと理解した。右半身はすでに感覚がなく、全身がまるで焼かれるような激痛に襲われた。頭からは血がドバドバと流れ、口に少しついて血の味がする。
どれほど時間が経ったかわからないがギリギリ保たれている視界の隅に数人の人の姿が確認できた。おそらく救急隊なのだろうその人たちは俺を抱えて救急車?荷運び始めた。
いや無理だなこれ、死ぬ。身体が動かん。死ぬ勇気もないような豆腐メンタルだけど意外と落ち着けてるのはなぜだろう。突然のことだからかな。まあそんなことはどうでもいい。まあ死ぬもんは死ぬで仕方ない、天国があってそこがオタクにとっても天国であることを祈ろう。
そう心の中で思うと同時に閉じかかった瞳の先に血に染まったシャーロック・ホームズの小説が見える。
もし異世界転生できるなら、ホームズみたいな推理をする魔法探偵のいる世界で頼む。
ゴトリと硬い床を背中に感じながら俺の意識は深い闇の中へと消えていった。
◇◇◇
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