チャルメラがなる頃に!屋台ラーメン店主、異世界へ
希塔司
第1話「この世でもっとも美味いもの」
『男には、戦わなきゃならん時がある。』
今は昔、先代の師匠はわしにそう言い残してこの店『友遊軒』を託した。1989年、25歳のことだった。 確かに当時もカップラーメンが多く出回ったったり今もある有名店が開店したりと激動の時代だったが。
「旦那、いつもの一杯!」
「店主、今日も一杯!」
「あいよ。」
上場企業のサラリーマンや工場勤務の若者、新宿に行けば深夜にスナックのママなど年齢不問でよく来たもんだ。特に不動産会社の連中はたくさん来てくれたな。
常連となる客は最初わしの顔に傷があるもんだからビビっていたが一口すすったらわしのラーメンの虜になりおった。
スープベースは鶏ガラと醤油、そこに生姜とすりおろしにんにく、そして具材となる白ネギ、わかめ、メンマ、ナルト、チャーシュー、そしてたまごだ。
このシンプルなレシピは先代の師匠から代々伝わっている伝統、それぞれ弟子は1人しかとらない一子相伝の継承を行っている。
そして1989年と言えば昭和から平成へと変わり、正に日本はバブル経済全盛期であった。たくさんの人がお金を持ち、遊びまくったりしていたいい時代だった。この世でもっとも美味いものになっていたわしのラーメン。
わしのお店も大繁盛したのは今でも思い出す......。
時は平成を越えて令和になった。携帯電話も令和になり、スマホとなった。人々はスマホ上のsnsと呼ぶもので繋がりおった。
そのsnsでバズった?という現象を起こさないと店舗型の店でさえ苦しい現実になってしまった。
ただでさえ客が減る一方なのに国から規制を食らったり、不況などでより客足が外から途絶え、わしの仲間のほとんどが店を畳んでしまった......。
いろんなことがあったなーとわしは屋台を引き、駅のガード下にもたれつき座った。胸ポケットからタバコを取り出し火をつけて一服する。その姿を最近の若いやつはわしのことをホームレスだと勘違いする。
「はぁー...。」
ため息しか出てこんわ。昔はあれだけ栄えていたわしの店がどうしてこんなことになってしまったんだ...。
売り上げのほとんどをキャバクラやスナックに使ってしまったツケが回ってきたのか?
それとも時代が悪くなったからか?
もうこの歳になってしまったわしは考えるのも億劫になってしまう、すぐ近くで長蛇の列で並んでいるラーメン屋。あれだってわしは一度食べたが正直わしの作ったラーメンの方が絶対に美味い、背脂やニンニクをあんなに乗せおって。
「いやーやっぱこのコッテリ感がたまんないよな!」
「だな、マジ病みつきになるわ!」
なのになぜあんなにたくさんのお客が入るのか最近の若いもんはさっぱりわからん。
「ここらが潮時なのかのー......。」
もう、わしはほとんどラーメンを作れていない。先代から受け継いだこの店を、畳むことは死を意味する。伝統的なこの味も、かつての栄光も、修行に情熱を注いだあの日々も、何もかも無くなってしまう。そんな恐怖に駆られてただ泣くしかできなかった。
「馬鹿野郎!なんだその麺の打ち方は!!」
「すみません師匠!」
若かりしころのわしはガキの頃、近所の公園にいた屋台ラーメンを開いていた時に初めてラーメンを食した。師匠の店だった。
初めて食べた時の衝撃をワシは死ぬまで忘れないだろう。あっさりしたスープの中に広がる鶏ガラダシ、醤油ベースに珍しい生姜の風味、コシのある麺、わしはその日人生で初めて恋に落ちた。
定期的に通い詰めわしは中学卒業と共に弟子入りを願い出た。最初は嫌がっていたが何度も何度も頭を下げてついに許しをもらった。
それから約10年、修行の日々を送ってきた。毎日師匠にああでもない、馬鹿野郎と今の時代では完全にパワハラになるような言動を繰り広げてきた。
相当辛い修行だったけれど、毎日必ずまかないを用意してくれた。師匠にとっては勉強という形で早く味や技を覚えて欲しいとのことだった。
確かに厳しかったけれど、今思えば師匠の元で働けたことは人生の教訓となれた。そして去っていく最後の言葉はわしの心に焼きついていった。
『男には、戦わなきゃならん時がある』
引き継いでからはずっとその言葉を胸に戦い続けてきた。だが、やはりここまでだろう。
「師匠、すみません...わしは弟子を持てませんでした...
わしの代で潰えることをお許しください。」
わしは静かに布団をかけてそのまま寝ていく。明日もどうせ客はこないだろうからな、ゆっくりと寝よう。
ーーーーーー
異世界『マーシカーラ』にて
「皆のもの、これより勇者召喚の儀式を行う!魔力をこめるのだ!」
「「はっ!」」
とある国の王は世界の現状を嘆いていた。度重なる戦争により、人々は悲しみに暮れていた。いつ終わるかもわからないこの戦争に次々と疲弊をしていく。
人々はこの事態を救ってくれる伝説の勇者の召喚を心待ちにしていた。勇者がこの世界を幸せにしてくれると願っている。
「偉大なる女神様よ、我々に一筋の希望を与えたまえ、勇者を我らの地に召喚してくだされ...」
王を含め召喚士や魔導士が魔力をこめ、魔法陣を展開していく。次々と魔力切れになり倒れていく。召喚には膨大な魔力が必要になっていく。
魔法陣から光が放たれていく。
ーーーーーー
現代都内にて
「zzz〜...。ん、眩しい...」
なんだか光が差し込んでいるような、もしかして警察官がライトでも当ててるんだろうか。それにしては光の当て方が強いんじゃ...。
「ん、んー」
目を開けると、目の前には誰もいない...
そして寝返りを打つと、なんと下から光が差し込んでくるではないか。下はただのコンクリートだから光が差し込むなんてことは絶対にないのだが。
「な、なんだこれは!?」
ようやく頭が覚醒したときについにわかった。何やら得体の知れない文字が刻まれた丸い円が光を放っているじゃないか。だれがいつのまにこんな落書きを書いたんだ!?
そして次の瞬間、また意識を失った。
ーーーーーー
異世界『マーシカーラ』にて
「ん、なんだ一体...」
意識を失っていたわしは目を覚ますと、なにやら劇のような王様の格好をしたおっさんがいるじゃないか。
「おお...皆のもの!勇者様が降臨なされたぞ!」
「「うぉぉー!!!」」
な、なんじゃ一体!?わけわからん劇に参加された上にそのまま参加しなきゃならんのか!?
「勇者よ、よくぞまいられた。
そなたを呼び出したのにはわけがある。だがしかし...そなた随分と歳をとっておるな...」
「お前さんも同じようなもんだろが!?」
「いくら勇者であっても今のは無礼なるぞ!!」
「まぁよい、それよりまずはそこから外を眺めるのじゃ。」
そう言われて窓から外を眺めてみた。
「な、なんじゃこれは!?」
いつのまにかわしは日本、いやわけわからない世界に飛ばされていた。そしてわしはあの場所に屋台を忘れてしまったではないか!?それがわしにとっての人生の転機の始まりだった。
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