Battle of metal 〜灰色の決闘者〜
@kuramaosamu
第1話
サイバネティクスロボットバトラー、通称SBRは競技用に作られた巨大ロボットである。
現代技術の結晶であるその機体が激しく戦うその姿はまさに誰しもが追い求めていたロマンの実現であった。
今日も世界のどこかで彼らは人々を熱くさせる。
これは、君たちが生きている時代からほんの少しだけ未来のお話――。
春も終わりが近づいた5月の今日、僕のクラスに転校生が来るらしい。
2年生になった自覚もまだ全然なく、ただ同じような日々を繰り返す僕らのクラスに新しい風が吹くのだ。
朝のホームルームを迎える前の教室にはなんだかソワソワした雰囲気が漂っていた。
かくいうこの僕
ふと一人寂しく椅子に座る僕の耳に隣の会話が耳に入る。
「なあ聞いたか?例の転校生、中学の時SBRのパイロットやってたらしいぜ」
大のSBR好き且つSBR部にも入っている身としては聞き捨てならなかった。
言葉にできないほどの嬉しさが心の底から込み上げる。
僕は必死に笑顔を抑えようとしたが、その甲斐むなしく口角は上がっていった。
(これじゃあ、急に一人でニヤけるただの気持ちの悪いやつじゃんか!)
そう思った僕はかけていたメガネを外し机に突っ伏す。
即席で作った小さくて真っ暗なスペースで僕はとびきりの笑顔を作った。
(そうかあ、パイロットやってたんだあ……。ふふふ、仲良くなれると良いなあ……)
しばらくして興奮する気持ちが落ち着いた頃。
ガラガラガラ……。
教室の扉の開く音が聞こえた。
ざわついていた教室が段々と静かになっていく。
「おはよう。ホームルーム始めるぞー」
教壇に立った先生の陽気な声を聞いた僕はゆっくりと顔を上げメガネをかける。
はっきりとした視界には一人の男子生徒が立っていた。
(なんか怖いな……)
第一印象はそんな感じだった。
短髪と鋭い目つきの彼に僕は少しだけ怖気付いてしまっていた。
「もうみんな知ってたかもしれないけど今日このクラスに新しくきた人がいるんだよね。篠原、とりあえず名前書いてついでに簡単な自己紹介してくれ。好きな事とかも話してくれるとみんな助かるんじゃないか」
仏頂面の彼は丸文字で黒板に名前を書き終わるとゆっくりとこちらを向いた。
クラス中の視線が彼に集まる。
「
(篠原?どっかで聞いたことあるような名前……。えーっと、どこだったかな……)
彼の名前を聞いてモヤモヤとした感情が込み上げた僕は顎に手を当てながら記憶を辿るものの、すぐには答えが出なかった。
「はい、ありがとね。お前の席はこの列の一番後ろにあるからな。それじゃあみんな仲良くするように」
先生の言う彼の席はちょうど僕の後ろだった。
篠原君は床に置いていたリュックサックを背負って自分の机に向かう。
「よ、よろしくね……!」
自分の机のすぐ横を通り過ぎようとする彼に僕は怖がりつつも今できる最大限の笑顔で挨拶した。
「あ、ああ。よろしく」
彼の戸惑った様子を見るに僕の笑顔は引き攣っていたのだろう。
こうして新しく増えた仲間を共にして今日の高校生活が始まった。
と言ってもさほど大きな変化はなく、いつもの時間は刻々と過ぎていった。
授業の合間に何度か彼に話しかけてみようとは思ったが、噂のニューフェイスの周りには常に人がいて僕の入る余地はなかった。
「弁当一緒に食おうぜ」
「どんな音楽聴くの?」
「ねね、篠原君前はどこの学校行ってたの?」
午前の授業を終え昼休みを迎えた教室、篠原君の周りにはちょっとした人だかりができていた。
質問攻めに合う彼を少しだけ可哀想だなと思いつつ僕はその会話に耳をそば立てていた。
パズルのピースが埋まるように僕の中で彼の人物像が出来上がっていく。
だがその中には僕の疑問が解決するようなものはなかった。
しばらくして僕のお昼のお弁当が空になりそうなその時だった。
「なあ、お前中学の時SBRのパイロットやってたんだろ?うちのSBR部入んねーの?」
(き、きた!そこが知りたかったんだ!)
僕は話をよく聞くために少しだけ体を後ろに下げた。我ながら話しかける勇気もない自分が情けない。
「……俺はもう、SBRには乗らない」
衝撃的な答えだった。
(な、なんだってー!?)
篠原君は当然SBR好きだろうとたかを括っていた僕は軽くパニックになった。
そしてそれが丁度よくトリガーになったのか彼への既視感の正体が明らかになる。
(そうだ……どこかで聞いたことあると思ったら、篠原元君は中学SBRバトル全国大会の注目選手だった人じゃないか!なんでもっと早く思い出せなかったんだ……)
僕が中学の頃から買っているSBRの総合雑誌である週刊ロボティクス、それに篠原君の出ていた中学生大会の特集が組まれていたことを思い出した。
クラスに友達ができるかもしれないという淡い希望は潰えたかのように思えた。
しかし、その事実を受け止めたく無い僕はこう思うことにした。
(いやいいや、中学でSBRのパイロットになるなんてみんなの憧れじゃないか!きっと今のは照れ隠しなんだ!多分そうだよ……。きっとそう……。おそらくは……)
優柔不断が顔を覗かせ確信は持てなかった。
時間が僕を冷静にしハリボテだった理由づけはあっという間に崩壊した。
(でも、どうして篠原君はあんなこと言ったんだろう……)
午後にあった地理と数学の授業はこのことが頭をめぐって集中できなかった。
いつもならノートの隅にしている落書きも今日はたったの三ページだけだった。
(なんか怖いしこれ以上話しかけるのやめておこうかな……。でもなあ、クラスで友達作る最高の機会を逃すわけにも……。それに――)
迷い続けているうちに迎えた帰りのホームルームで僕はようやく決心がついた。
(うん、やっぱり話しかけよう!時には度胸が必要だ!)
「それじゃあさようなら」
「さようなら」
帰りの挨拶が済むとクラスメイト達は次々と教室を出ていく。
そこで僕は後ろを振り向いた。
視線の先の篠原君はちょうどリュックサックを背負おうとしていたところだった。
「ね、ねえ篠原くん」
彼の鋭い目が僕の視線と交差する。やっぱりちょっと怖い。
「こ、このあと時間ある?もしよかったら学校案内するよ」
「……いや大丈夫」
「そんなこと言わずにさ!部活とか色々紹介するよ!」
「……」
何も言わずに教室から出て行ってしまった篠原君を僕は諦めずに追いかけた。
「そういえばロック聴くんだって?ロックバンドってレッドツェッペリンとかビートルズとかだよね。お父さんがよく聞いてるんだ。僕さ、音楽よくわからないから色々教えてよ!」
「……」
日差しが差し込む廊下を二人は早足で歩く。
篠原君が速度を上げると僕も負けじと速度を上げた。
「えーっと……。そ、そうだ!愛知県だと味噌おでんとか有名だよね!やっぱりコンビニとかで売ってるのもそうだったりするの?」
「……」
篠原君は僕を無視して階段を降りていく。
(まずい……!なんとか止めなきゃ!)
リミットである昇降口が近づくにつれて僕と篠原君との距離は離れていった。
焦った僕はとっさに今頭の片隅にあった言葉を投げかける。
「ね、ねえ!中学の時SBRのパイロットやってたって本当?」
「……!」
彼を呼び止めることには成功した。それと同時にしまったとも思った。
篠原君は振り返ると僕を怒りに満ちた目で睨んだ。
「黙れ!」
彼の怒りに満ちた言葉が廊下に響いた。
あまりの剣幕に面食らった僕は立ち尽くしたまま、どんどん小さくなる彼の背中を見ることしかできなかった。
僕の淡い希望は泡となって消えるのであった。
「はぁ……」
SBR部の部室兼工房の片隅、書きかけの設計図が写ったパソコンの画面を見ながら岡田は大きくため息をついた。
「あいつどうしたんだ?あんなに落ち込んで」
落ち込む彼の様子を遠くで見ていたつなぎ姿の女子が隣でしゃがむ男子に話しかけた。
「後輩から聞いたんだけどよ。あいつのクラスに来た転校生をうちに入れようとして返り討ちにあったんだと」
「エンジニアでもやってたのか?」
「いや、中学の時パイロットやってたらしい」
「じゃあ結構強いんじゃないか?」
「尾形、それはねえよ。本当に強かったら今頃こんな弱小校なんかじゃなくて南崎にでも行ってるだろ」
死んだ目の男子は口をとがらせて言った。
「根本お前なあ、部長になったんだからちょっとは皮肉言うのやめろよ!」
ゴツン!
顰めっ面の尾形が根本にゲンコツをかます。
「いってえな!お前もその俺に対する態度なんとかしろよ!」
「お前の悪いところが治ったらアタシも止めるよ」
「アームの整備終わりましたー!最終点検お願いしまーす!」
作業用機械の音が常に騒がしくなる中、尾形を呼ぶ声が工房に響いた。
「はーい!じゃ、アタシ行くからお前はあいつの面倒見てやんな」
「ちょ、ちょっと待てよ……」
「頼んだよ」
吐き捨てるように言った尾形は手に持っていたタオルを首にかけ呼ばれた方へと向かった。
「なんで俺が……」
取り残された根本は小言を言いながら殴られた部分をさすった。
(ああ、やってしまった……。明日からどうしよう……)
今日の設計の進捗は全くといっていいほどなかった。
一連の出来事が頭の中で反芻するたびに岡田の表情はどんどん暗くなっていく。
今日はもう帰ろうか、そう彼が思った時だった。
「何この世の終わりみたいな顔してんだよ」
後ろから聞こえた気だるそうな声に岡田が振り向くとそこには根本がいた。
「部長……なんでこんなとこに?」
「話聞いてやれって尾形にドヤされてなあ……。お前、結構やらかしたらしいじゃん」
「ははは、そうなんですよ……。SBRのパイロットやってたって聞いて興奮してたのと生来のコミュ障が祟りました……」
「バカだなあ」
「はい……」
「まだそいつが転校してきて1日目なんだろ?だったら挽回する機会なんていくらでもあんだからそんなに気負う必要ねーんじゃねえの?」
「そうですかね……」
「俺はお前がどうなろうとSBRの設計やってくれればどうでもいいんだ。だからこの話はここまでにしてその転校生について話してくれ。どんぐらい強んだよそいつは」
俯いている岡田は言葉を絞り出すように話し出す。
「彼は……篠原君は中学SBRバトル全国大会の注目選手だったんですよ……」
「すごいのかそれって?」
「すごいなんてもんじゃないですよ!週間ロボティクスに中学生の名前が載るなんてそうそうあることじゃないんです!だからこそ僕は篠原君をこの部活に入れたいんですよぉ!」
さっきまでの落ち込み具合が嘘だったかのように目の明かりを取り戻すと岡田は顔をあげた。
そのまっすぐな瞳を根本は自身の死んだ目で見つめ返す。
「そこまで言うなら実力は確かっぽいな」
「絶対強いはずです。僕が保証します!」
「わかったわかった。ここまでのお前の話聞いて俺もそいつに興味が湧いてきた」
「……っ!じゃあ部長!一緒に篠原君を説得しましょうよ!きっと即戦力になりますよ!」
興奮気味の岡田は目をキラキラさせて立ち上がり根本に詰め寄ると両手で彼の肩を掴む。
後輩の勢いに少し引き気味の根本は冷静に手を引き剥がし、目を細めて不気味に笑った。
「いや、俺はそいつを部に入れるつもりはねえ」
「へ?」
予想外の返答を喰らった岡田は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
少しの沈黙の後、根本はゆっくりと口を開く。
「俺がそのザコを倒す」
「えええええええ!」
夕日がさす工房に岡田の大きな声がこだました。
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