第百九十六話 二重の意味で柔らかい

 擬音で説明すると、こんな感じである。


『ズルッ』


『むにゅっ』


『ぐにゃっ』


『ミシミシミシ!』


 まず、俺の背中を押していた聖さんが足をズルッと滑らせたらしい。

 そのせいで彼女の上体が俺の背中に乗った。先程のひめと似たような体勢になっていたと思う。


 ただ、聖さんの場合はひめとサイズが二回りほど違う。これは体型の問題ではなく、成長度合いの問題なのだが、事実なので仕方ない。決して太っていると言っていないことに留意してほしい。


 その結果、背中にむにゅっとした柔らかい感触があった。ここまでは良かったものの……いや、良かったと言ったら俺が変態みたいだが、そこはまぁいいか。


 とにかく、次からが問題である。

 聖さんの体重のせいで、俺の上体が限界を超えてぐにゃっと折れ曲がった。


 そして最後に、股関節からミシミシミシ!という悲鳴が上がったのである。


「わぁ」


 ひめがそれを見て声を上げていた。感心なのか、あるいは驚愕なのか、よく分からない声である。

 この子は本当に冷静だなぁ。この状況でもそこまで慌てている様子はなかった。


 一方、俺はと言えば。


「い……っ!?」


 痛い、の一言すらいえない。

 あまりの痛みに、なぜか息が止まってしまった。そしてこの状態であるにもかかわらず、背中にまだ聖さんの感触があることを確認してしまうあたり、男という生き物の性(さが)を感じてしまう。


 ただ、そのおかげで多少は痛みがマシに思えているのかもしれないので、まさしく不幸中の幸いと言っても過言ではなかった。


「ご、ごごごごめんね!?」


 聖さんも、決して悪気があったわけじゃない。

 転んですぐに、慌てた様子で俺の上からどいてくれた。その瞬間に俺は股関節を閉じて、軋んだ内またをさすった。痛みがあるところを無意識に触ってしまうのは、人間の性質なのかもしれない。


「陽平くん、すごかったですよ。体が柔らかくなっていました」


「ふ、不本意だったんだけどね」


 こんな時にもかかわらずひめは褒めてくれていた。天才なんだけど、ちょっと天然というか……マイペースなのも、ひめのいいところだ。


「よーへー、ごめんね? わ、わざとじゃないの……足がすべっちゃって」


「うん……そっか」


「……怒ってる?」


「いや、痛みをこらえてるだけだから、大丈夫」


 聖さんは不安そうだった。俺の反応が素っ気ないせいだと思うのだが……今は少し、気を遣う余裕がない。

 とはいえ、怒っていないのは本当なのでそこは安心してほしい。これは事故なのだから、仕方ない。


 むしろ、ひめにこういうことが起きなくて良かったとすら思う。

 まぁ、あの子は体が柔らかいので、聖さんが上から乗っても痛みはないかもしれないけど。


「わたしに乗られていたら、お姉ちゃんの体重で押しつぶされていたかもしれませんね」


「そこまで重くないよ!? ……な、ないよね?」


 訂正。柔軟性という意味では大丈夫かもしれない。

 しかし、単純にまだ未成熟なひめの体では危なかったかもしれない。


 そう考えると、事故にあったのが俺で良かったと思えた。少なくともひめよりは体が成熟しているし、筋肉もあるので、聖さんの体重でも怪我はなかったのである。


(……とりあえず、大丈夫そうだしいいか)


 時間が経つにつれて、痛みも引いてきた。なんだかんだまだ高校生の肉体なので、あれくらいだと怪我せずにすむみたいである。


「だいたい、お姉ちゃんはしっかり反省しないとダメですよ? 運動不足だから踏ん張りがきかなくて足を滑らせたのです。体重が増えているから、陽平くんが痛い思いをしているのです。そこはしっかり理解していますか?」


「うぅ……反省、しました。がんばって、ダイエットします」


 さすがひめ。この事故さえも、うまく利用して聖さんのダイエット意欲を上げていた。

 まぁ、こういう結果になるなら、痛い思いをした甲斐もあったのかもしれない――。

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