第百七十八話 実と義

 星宮世月さん――ひめと聖さんの母親に聞きたいこと、か。

 ……もちろん、ある。しかし、いきなり星宮家の家庭事情に踏み込むのは、ためらいがある。


 正直なところ、その質問をする前に様子見がしておきたい。

 世月さんの意図を探りたい……なので、まずは手始めに当たり障りのない質問から始めた。


「ひめと聖さんは、このことを知ってるんですか?」


「このこと、とは?」


「……俺が世月さんと会うことについてです」


 察しているくせに。

 わざわざ聞き返して、言葉を意図的に粒立てている。


 まるで『本当にその質問でいいのか』と問いかけるような返答である。

 揺さぶられてはいるのだが、迷ってしまうと余計に世月さんの思うつぼのように感じたので、グッと答えて質問を続けた。


「二人から、世月さんのことを聞いていなかったので」


「うふふ。それは当然じゃない? 二人は私が日本に帰国していることも、この部屋にいることも知らないんだもの」


「何も言ってないんですか?」


「そうよ? 芽衣にだけ事情を伝えて、あなたと二人きりにさせてほしいとお願いしたのよ」


「じゃあ、二人は……」


「今、この家にはいないわね。買い物に出かけているんじゃないかしら? 芽衣がそのように手配しているはずよ」


 なるほど。ひめと聖さんから何も連絡がなかったのは、そもそも母親のことをまったく把握していないからだったらしい。


 そう聞いて、疑問が一つ解消した。

 同時に、更に緊張感も増した。もし何かがあっても、姉妹が助けてくれたりすることはない。この場に味方はいない、ということだ。


「慎重な性格なのね。かわいいわ」


「……慎重に、見えるのですか?」


「『なんでも聞いて』と私は言ったのよ? それにしては、随分と遠慮がちな質問に思ったから」


 会話を交わしても、世月さんは微動だにしない。

 椅子に深く腰掛けて、腕と足を組みながら俺のことをジッと凝視している。

 別におかしな所作はない。しかし、見られているだけでひどく居心地が悪いと感じるから、不思議なものである。


「慎重というか、臆病なだけだと思います」


「あら。自分でそう言っちゃうのね」


「事実ですから」


「……卑屈になっているわけではないのかしら」


「自分のことは嫌いじゃないですよ。そういう性格も、悪くはないかなって」


「ふーん? そうなの……面白いわね」


 いや、面白くはないと思うのだが。

 世月さんは小さく笑った。何が面白かったのか俺には分からない……ひとまず気にしないでおこう。


「じゃあ、もう少し踏み込んだ質問をしてもいいですか?」


「もちろん。どうぞ、なんでも聞いて?」


「おいくつですか?」


「……あらあら」


 あ、あれ?

 質問を間違えただろうか。

 実はさっきから気になっていたのである。ひめと聖さんの母親にしては若々しいのだが、実年齢が分かりにくい見た目なのだ。


「おばさんの年齢なんて気になるのね」


「うちの父と母は五十代なので、比べてすごく若々しいので驚いてます」


「まぁ、おだてるのが上手ね。それを言われると、少し評価が甘くなっちゃいそうだわ」


「おだてているわけじゃなくて……あの、そうですね。ハッキリ言った方がいいですよね」


 やっぱり、質問を間違えていそうだった。

 回りくどいやり方はやっぱり性に合わない。ここは単刀直入に、聞こう。


「ひめと聖さんの母親にしては、若すぎます……あと、見た目が少し違うようにも感じています」


「なるほど。それはつまり、どういうことなの?」


「……血がつながっているかどうか、気になっています」


 そう。世月さんと姉妹の容姿が、まったく違うことが不思議だったのだ。

 世月さんと聖さんならまだ親子と言われても分かる。似ているとは言い難いのだが、血のつながりがあっても納得できる。


 しかし、世月さんとひめに限って言うと、まったく異なるのだ。

 内面の部分は似ていると感じたのだが、容姿で似ているとまったく思えない。


 だからこそ、二人との血縁関係が気になっていたのである。

 世月さんの見た目なら、二十代でもおかしくない。二人の母親だと言われても、信じられないほど若々しい。

 もしかしたらこの人はひめと聖さんの義理の母親なのかもしれないと、疑っていたのだ――。

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