第百七十六話 人生で一番の修羅場

 ――知りたくなかったと言えば、嘘になる。

 でも、他人の事情に首を突っ込むことに抵抗があって、気になっていないふりをしていた。


 彼女たち……星宮姉妹の前では、決して話題を出すこともないし、仮に話題が上がったとしても深堀することを避けている。


 知りたいが、知る必要性はない。

 そして、知ってしまったら……星宮姉妹に対して、どんな顔を向ければいいのか分からなくなりそうで、怖かった。


 ……いや、違う。

 俺はたぶん、向き合いたくなかっただけだ。


 ――星宮家。


 彼女たちの、家庭事情について。

 俺は、今まで見て見ぬふりをしていた。


 でも、分かっている。

 最初に、二人の家庭環境を聞いたときからずっと……歪であることに、気付いていた。


 だって、二人の話に『両親』の話題が出てくることは滅多にない。

 星宮姉妹にとって保護者と言えば、メイドである芽衣さんだ。ご両親のことを、二人はあまり語りたがらない。


 とはいえ、禁句というわけでもない。頻度こそ少ないが、時折二人は両親の話題を口にする。ただし、語っても一言か二言だけで、その話題が続くことは一度としてなかった。


 だから、俺が知っていることは『星宮姉妹の両親が海外で働いている』ということだけだ。

 育児放棄、と見られてもおかしくない状況ではあるのかもしれない。


 まぁ、本人たちにそのつもりはなさそうに見えるのが救いだ。両親のことも、たぶん聞けば答えてくれそうな気がする。いつものように、俺が気にしているだけのようにも感じている。


 それほど、深い事情はないはずだ。

 だけどやっぱり、知ることを怖いと感じている自分がいた。


 当然ながら、星宮家の家庭事情は俺がどうこうできる問題ではない。寄り添ってあげられる事情でもない。


 別に、知らなくたって星宮姉妹と良好な関係を維持できる。

 二人だって、語りたがらないということは、語らなくていいと思っている証拠でもある。


 それなら、今のままでいい。

 ……そうやって、現状維持に逃げていた。


 一歩踏む出すことに臆して、立ち止まっていた。

 その居心地の良さに、甘えていた。


 だけど、どうやらそれが許されていたのは、今日までだったようだ。






「――突然呼び出してごめんなさいね。今日しか、時間がなかったのよね」





 図書館に行った、翌日のこと。

 急に、ひめから『星宮家に来てほしい』と連絡が入った。用事もなかったので了承したら、すぐに芽衣さんが車で迎えに来て……星宮家に到着してすぐ、奥の部屋に通された。


 星宮姉妹は、その部屋にはいなかった。

 しかし、そこには……二人の面影を感じさせる、妙齢の女性がいた。


「はじめまして。私は星宮世月……あなたは?」


 長い黒髪がよく似合う、大人の女性だ。

 ゆったりとしたワンピースを着用していいるので、スタイルは分かりづらい。あと、年齢も分かりづらい……姉さんより年下に見えなくもないが、態度が落ち着いているせいか年齢が上にも見えてしまうから、不思議だった。


 まぁ、年齢が分かりにくいのは見た目だけの話で、実年齢は姉さんより上であることは確実なのだが。


 何せこの人は――


「あら? 緊張しているの? うふふ……そう身構えなくてもいいのに。私はひめと聖の母親だから、警戒しなくていいわよ」


 ――星宮姉妹の、母親だった。

 いっそ他人の方が、緊張せずにすんだ。


 むしろ二人の母親である方が、余計に緊張させられた。


「もちろん、あなたが大空陽平であることは分かっているわ。でも、初対面だものね……あなたの口から自己紹介がほしいのよ」


「……大空陽平、です。はじめまして……世月、さん?」


「うふふ。そんな、他人行儀じゃなくてもいいのに」


 彼女は微笑む。

 ひめと聖さんとは少し違う、何かを含んだような意味深な表情で……俺をまっすぐ、見つめていた。


「お義母さんと、そう呼んでもいいのよ?」


「――っ」


 その一言で、額から一気に汗が噴き出てきた。

 たぶん、俺と星宮姉妹の関係性も、この人は把握している気がする。


 芽衣さんから聞いたのかもしれない。だとするなら、どういう立ち回りをすればいいのだろうか。


(……い、いきなりすぎるっ)


 さっきまで、だらだらゲームして夏休みを満喫していたのに。

 まさか、人生で一番の修羅場を迎えるとは、思ってもいなかった――。


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