第百六十八話 子供扱いされるのも

 だいたい、図書館にいたのは二時間くらいだろうか。


「そろそろ出ましょうか」


 ひめはすでに目的を達成したようだ。

 机の上には五冊ほど、ダイエットに関係した本が縦に積まれている。


 ちなみに俺は一冊しか読んでいない。それも流し読みなので内容も実は曖昧だ。運動が一番いい、ということしか覚えていなかった。


 単純計算、ひめは俺の五倍ほど読書が速いことになる。そしてすべての内容を完璧に記憶しているというから驚きだった。


 そんなこんなで、読んだ本を元の棚に戻して図書館を出る。

 この後のことは決めていないのだが、ひめが少しベンチに座りたいと言うのでそうすることにした。来た時に俺が座っていた場所と同じ位置に、ひめが腰を下ろした。俺もその隣に腰を下ろす。


「大切なのは、運動と睡眠と食事ですね」


 館内では小さめだった声だが、外に出たことで周囲を気にする必要がなくなった。

 ひめも先ほどより大きな声を発している。まぁ、彼女は普段から声のボリュームは小さいのだが、よく通る声なので聞き取りにくいということはない。


「ダイエットはテスト勉強のように、短期間で詰め込めるものではないみたいです。適度な運動、適切な睡眠、適量の食事が重要みたいです」


 本で学んだことを、早速俺にも教えてくれていた。


「お姉ちゃんは運動が嫌いで、毎日十三時間くらい寝る上に、食事だけはきっちり三回、しかもおかわりをする上にデザートまで食べるので……体重が増えたのも仕方ないと言えます。というか、摂取カロリーを考慮するともっと体重があってもおかしくありません。その点で考えると、体質的にお姉ちゃんは太りにくいと言えるかもしれませんね」


 などなど、彼女なりの考察を聞きながら……ふと気付いた。

 これはあれだろうか。不健康な俺も気を付けるように、という遠回しな注意喚起かな。


「陽平くんは睡眠と運動がおろそかになりがちなので、気を付けてくださいね」


 いや、遠回しですらなく、ハッキリと指摘されていた。

 たしかに、この夏休みはかなり不健全だったので……返す言葉はない。


「そう言ってはいますが、わたしも運動はしていないのですが」


「ひめはまぁ、子供だから大丈夫じゃない?」


 まだ八歳なのだ。生きているだけで偉いというか、そこまで健康面を意識する年齢でもないような気がする。

 いや、高校生の俺や聖さんも、まだまだ子供ではあるけど。しかし実際に不規則な生活で体調を崩すことがあるので、そこは気を付けるべきところなのだろう。


 と、そんなことを考えていると。


「……子供ですが」


 あれ?

 ひめがなんだか不服そうだった。


 唇を小さくとがらせて、俺をジトっと見ている。


「えっと……怒ってる?」


「いえ。拗ねているだけです」


「拗ねちゃったかぁ」


 自分で言っているのが、なんかかわいい。

 本当は謝って機嫌を直してほしいところなのだが、ついつい微笑ましくて笑ってしまった。


 それがまた、ひめはご不満のようだ。


「……不思議です。前までは、子供扱いされるのも嬉しかったのですが、今はちょっとだけもやもやしますね」


「そうなの? いや、子供扱いしてるわけじゃないんだけどね」


 実際、八歳の子供ではある。

 精神的な意味ではなく、事実的な意味でそう発言しただけだ。


「分かっています。だから、理不尽な感情だなと自分でも頭では分かっています。でも、感情的には分かりたくないので、拗ねました」


「あはは。そうなんだ」


 ひめはやっぱり賢い。

 自分が理不尽だと頭で理解しているからこそ、俺に対して理不尽な態度はとらない。しかし感情面で整理がつかないから、拗ねているだけに留まっているのだろう。


 ……うーん。困ったなぁ。

 拗ねたひめがかわいくて、あまり反省する気になれなかった――。




//あとがき//

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