第百六十四話 彼女が異彩を放つ理由
軽く雑談を交わした後、ひめと一緒に図書館に入った。
「涼しいですね」
「うん。中にいる方がいいね」
館内はひんやりとしている。少し冷房が強く感じるほどに。
室温としてはそこまで低いわけじゃないだろう。しかし図書館特有の静謐な空気感が、涼しげな印象を助長しているように感じた。
「陽平くん、あっちの方に行ってみていいですか?」
「分かった」
雑談が禁止、というわけではないと思う。しかしマナーとして、大きな声を出すのは極力控えたい。そのせいか俺もひめも声を一段階小さくしていた。
余計な雑談もせず、先を歩くひめについていく。
小さな歩幅で進む彼女だが、いつもよりもペースは遅い。目的の本があるコーナーを探しているようで、きょろきょろと周囲を見渡している。
(えっと、ダイエット関係の本があるのは……)
俺も、ひめが見落としている可能性を考慮して一緒に周囲を見渡した。
俺たちが探しているのは、ダイエットの書籍である。理由はもちろん、ひめの姉である聖さんのためだった。
『この夏でお姉ちゃんを元の体形に戻したいので、図書館でダイエットの本を借りたいです。一緒に行ってくれませんか?』
と、ひめにお願いされていたのだ。
数日前くらいだろうか。この日はもともと会おうという約束をしていたのだが、特にどこかへ行く予定はなかったのでちょうど良かった。
そういうわけで、図書館に二人で来たのである。
「うーん。陽平くん、やっぱりダイエットのコーナーと書かれている場所はなさそうです。どのあたりに蔵書されているでしょうか」
少し歩きまわった。本棚はそれぞれ大まかなジャンル分けがされているのだが、ダイエットと明記されている場所はなさそうである。
まぁ、検索コーナーで調べたら手っ取り早いと思うのだが……ふと視線を動かすと『医療コーナー』という場所を見かけた。ダイエット関連の書籍がありそうだなと思って、ひめに行こうと促してみる。
「あ、見つけました。なるほど、たしかにダイエットは医療の一種ではあります」
「どちらかと言うと、健康に近い気もするけどね」
「健康も医学だと思います」
図書館の一角。思ったよりも入口に近い本棚に、医療コーナーが設けられていた。性別や年齢を問わず、みんなが医療については興味があるので見つけやすい場所にしてくれていたのだろう。ダイエットの本もここにあった。
「……意外と、少ないですね。もう少しあると思っていたのですが」
ひめが本棚を眺めながら、小さくぼやいた。
たしかに、ダイエットに関連すると思わしき書籍はそこまで多くない、本棚の一段くらいで、その他は病気などの医学に関する本ばかりである。
「今の時代は、ネットでいろいろと調べられるからなぁ」
わざわざ書籍で調べる、という時代ではないような気もする。俺も、分からないことがあったらまずネットで調べる。そっちの方が手間がかからないし、お金もかからないし、何より楽だという認識だ。
しかし、ひめは違うらしい。
「情報の精度が低いのと、目的の情報を得るまでに無駄な文章が多い上に、関係のない余計な情報も多いので……わたしは少し、苦手です」
そうなのだ。この子は現代にしては珍しい、ネットに触れないタイプなのである。
先天的に記憶能力が優れていて、一度見聞きした物を全て覚えてしまう彼女にとって、ネットは情報が膨大すぎて苦手と前に言っていた。
ネットに限らず、テレビや動画などの電子メディアはあまり好きじゃないらしい。だからこの子は書籍をよく読んでいる。
「本の方が、情報が綺麗にまとめられていて分かりやすいです」
「じゃあ、電子書籍はどう?」
「……目がしょぼしょぼするので。あと、電子機器に慣れていないせいか誤操作も多くて、得意ではないです」
今の時代では珍しい、ネットという不特定多数の人間とは無縁の少女。
だからこそ彼女は、普通の人間とは違う異彩を放つのかもしれない――。
//あとがき//
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