第百四十一話 褒められて伸びる子
ひめによるドッグトレーニング作戦が始まった。
「お姉ちゃん、次はお勉強の時間ですよ。がんばれますか?」
「やだ。がんばりたくないよぉ」
「それでは、一問解くたびにこのチョコを食べられることにしましょう」
「……じゃあがんばる」
「偉いです。一緒にがんばりましょうね。チョコをどうぞ」
「わーい。ありがとー♪」
ひめが聖さんをわしゃわしゃと撫でている。
優しく触れるように、ではない。それこそ犬を撫でるかのように、頭や首筋、背中などを小さな手で撫でまわしていた。
だ、大丈夫かな……犬扱いされていることに、聖さんは気付かないだろうか。
「ひ、ひめちゃんがデレてる……!? ついに私の時代がきたっ」
うん、気付いてないな。
面白い方向に勘違いしているので、何も言わないでおこう。変なフォローをして違和感を覚えられても困るし。
「ふふんっ♪ どう、よーへー? 妹に愛される『お姉ちゃん』が羨ましい?」
あと、聖さんがちょっと自慢気なので言いづらくもあった。
まぁ、愛情であることは間違いないよ。姉妹愛かはさておき。
「陽平くん、お姉ちゃんにお勉強を教えてもらってもいいですか? やる気があるうちにお願いします」
ひめが聖さんのモチベーションを上げてくれている。
メンタルケアはあの子に任せよう。俺の方はフィジカル……つまり、勉強面でやれることをやっていこう。
「うむ。よーへー、勉強を教えてあげられてもいいよ?」
「……ありがとう。じゃあ、次の問題を解いてもらってもいい?」
「仕方ないな~。いいよ、さぁ教えてっ」
聖さん、調子に乗りやすい性格なんだろうなぁ。
ひめに尽くされてからご満悦である……こうなるからこそ、ひめや芽衣さんは彼女に対して結構厳しめなのだろう。褒めないくらいがちょうどいいのだ。
しかし今は褒めて伸ばす方針である。
俺も余計なことは言わないで、聖さんをよいしょと持ち上げた。
「この問題は、こっちの公式を使うからやってみてくれる?」
「はいはい、これね。やれやれだよ~」
仕方なさそうに問題を解き始めた聖さん。
その背後では、いつでも餌……じゃない。おやつをあげられるようにひめが控えている。その手は姉の首筋に添えられていた。撫でる準備も万端である。
……ひめって、動物とか好きなのだろうか。
久守さんのことも犬扱いして楽しそうだったし、自分のことも子猫と言われて喜んでいた。
今度、動物園とか誘ってみてもいいかもしれない。
なんてことをぼんやり考えていたら、思ったよりも早く聖さんが問題を解き終わった。
「できたー! よーへー、これでいいかなぁ?」
「……当たってる。聖さん、本当にやればできる子なんだ」
「なんで疑ってたの? 私はやればできる子だもーん」
能力が低い、というわけじゃない。
だからこそ高校受験も乗り越えられたのだと思う。
しかし絶望的なまでのサボり癖がある。今まではそれが一番の問題だったわけだが。
「すごいです。お姉ちゃん、どうぞ食べてください」
「いぇーい♪ やっぱり勉強の後のチョコはおいしーねっ」
「がんばったからこその味ですよ。よしよし……いい子いい子」
再び、ひめによる可愛がりタイムが始まった。
聖さんは犬扱いされているなんて夢にも思っていないのだろう。ひめに褒められて、なんだかすごく充実した表情を見せていた。
ドッグトレーニング作戦は、今のところ順風満帆である。
この調子で、テストまで乗り切れることを祈ろう――。
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